第22話 聖女様はみている

 

 セレナ・アレイアユース。

 聖女の称号を冠する修道美少女。


 テンペスト内どころか、この国随一の清楚人間な彼女。

 言葉遣いも見掛けも完璧な聖女を体現してると言ってもいい。


 見知らぬ人の頼み事すら引き受け、常に誰かのためになることを行なっている。

 まさに自己犠牲を体現している女だ。


 そんな彼女が間違っても人を貶すような暴言を吐くはずがない。


 けど、どこからどう見ても彼女はセレナ・アレイアユースだった。



「あんた、ちょっと離れた間に随分人格が変わっちゃったのね……」



 つい先ほどまで、あたしの感情表現を目にして笑っていたあの美少女と同じ存在だなんて信じたくはない。



「悪態つくのはあなたにだけですよ。あなた相手なら聖女ポイントがいくら減ろうとも構いませんし」



 聖女ポイントなんて制度があるんだ。

 流石にこの状況でふざけた訳でははいと思いたい。


 ていうか、あたしって結構嫌われてるんだ。

 ちょっとだけショックね……。



「ってそうじゃない!あんた、何あたしを助けてんのよ!さっさと逃げときなさいよ!」


「えー……命救って怒られることあるんですね」


「せっかくあたしが作ったチャンスを棒に振るなって言ってんのよ!

 はぁ……あたしが言うのもなんだけど、あんたもさっさと逃げたほうが良いわよ」


「偶然できた好機の間違いですよね。それに、思っても無い事は言わない方がいいですよ。自分が損を被る行動は正しい行いとは思えません」


「無償で人を助けまくってるあんたには言われたくないわね」


「私だから言えるんです。半端な気持ちで他人を優先するのはどうかと思いますよ」



 駄目だ、何を言っても正論でねじ伏せられる。

 ここは変な意地を張らずに彼女に救われておこう。



「んで、どうしてあんたはあたしを助けたわけ?聖女様に助けを求めた覚えはないけど」


「そういうところが嫌われるんです。素直に感謝とかした方がいいですよ」


「悪かったわね、感謝はしてるわよ」



 セレナは一呼吸置いて。



「あなたが死ぬとエリゼさんが悲しむからですよ。だからわざわざ落っこちてきたんです」



 聖女様があたしを助けたのは慈善事業ではないらしい、珍しい。


 それで、だ。



「なんでここでエリゼの名前が出てくんのよ。それに……多分、あいつはあたしが死んだら喜ぶわよ」



 だって、あいつを追い出したのはあたしなんだから。

 あたしが痛い目を見たと聞けば、きっとあいつは喜ぶよ。



「呆れた。あなたの目には彼女がどう写っていたんですか?」


「どうって……あいつは、エリゼは怠け者の役立たず、給料泥棒、パーティの和を乱す厄介者」


「もう結構です、助けるんじゃなかったこんな女。聖女じゃなかったらあなたを撲殺してましたよ」



 セレナはあたしの言い分を遮るようにしてとんでもないことを言い放った。


 そして、怒りを露わにしながら白い杖の先端をあたしのお腹に置いた。

 そのまま治癒術を発動させてあたしの体を治療していく。



「言ってることとやってることがかなりチグハグな気がするけど」


「聖女ですからね、善行第一です。それと、これ受け取ってください」



 そう言って、セレナは抱えていた包帯グルグル巻きの荷物をあたしに差し出した。

 ここに来るまでの道のりで、忘れ物やら秘密兵器やらと言っていた代物だ。


 セレナは慣れた手つきで包帯を解き始めた。

 何周にも巻かれたそれが取り除かれていくに連れ、少しづつその正体を明かしていく。



「それって……」



 包帯を解いて現れたのは、漆黒の杖。

 身の丈ほどの大きさを持ち、光沢が綺麗につやを出している。


 そして、あたしがずっと自室のクローゼットに放置していた不要な贈り物だった。



「はい、これ。エリゼさんがあなたの加入祝いとして贈った杖です」


「なんであんたがそれを持ってんのよ」



 あたしがテンペストに加入した次の日に、エリゼから貰ったとても大きな杖。

 貰った当初はずっと使っていたけど、アラン様にエリゼのことを教えてもらってからは目につかない物置に捨てるように放置していた。


 こんな女から施しを受けてしまったことに、ひどく後悔していた気がする。


 セレナは強引にその杖をあたしに手渡した。

 久しぶりに手にしたその杖は、どこか懐かしく感じられる。ま、実際懐かしくはあるんだけど。



「強い武器を貰ったのなら、私情を抜きにして常用することをお勧めしますよ。こんな立派な杖、世界に二本もないんですから」



 魔術師として経験を積んだ今なら理解できる。

 この杖がどれだけ良質な物なのか、どれだけ精巧に作られているのかを。


 ううん、最初から知っていた。

 それを分かっていながらも、あたしはこの杖を手放したんだ。


 そして、この聖女に言わなければいけないことがある。



「あんた、あたしの部屋に勝手に入ったわね、キモ」


「思ったよりも部屋が綺麗で助かりました。ゴミ屋敷の中杖を探すハメになるんじゃないかと覚悟していましたから」


「あんたはあたしを何だと思ってるわけ!?」


「哀れな女」



 本当に調子が狂うわね。なんなの、この聖女様は。


 渡された杖を覗く。

 どうしてエリゼはこんなに凄い杖をあたしに譲ったのだろうか。

 それも、加入したばかりで関係性ができてすらいないあたしに。


 魔術師にとって杖という道具は、魔力の出量を倍増させる便利な物だ。

 生身のままじゃ発動できない魔術も、杖を通すことで可能とさせる。


 中でも、エリゼから貰ったこの漆黒の杖は最高級クラスに位置している。

 使い方次第では世界そのものに干渉することができるかもしれない。


 だけど、今のあたしにとっては最も無価値なものだろう。


 セレナにそれを伝えなくては。

 今まで隠してきた体の異変を。



「せっかくこんな重い物を運んできてくれたあんたには悪いんだけど、あたし、もう魔術は使えないわよ……」



 セレナは真剣な眼差しであたしを見ている。



「少し前から魔力が減り始めててさ、今日なんかはたった二発術式を展開しただけで魔力切れ起こしちゃった。だから、今のあたしにとってこの杖は意味のない物なのよ」


「自業自得ですよ。ざまぁみやがれ、と言いたいところですが聖女なので脳内で留めておきます」


「いや、無理よ。弁明の余地が無いレベルで口に出しちゃってるから」



 頭が痛い。本当にこの女はあのセレナ・アレイアユースなのだろうか。


 そして、この聖女様は確かに自業自得と言った。

 あたしの症状を予期していたととってもいいのだろうか。



「んで、自業自得ってどういうことよ」


「リューカさん、あなたももう分かっているんじゃないですか。どうして魔力が減少しているのかを」


「……どうかしらね」



 諸々の状況を考えると、自ずとこうなってしまった原因が何であるかは理解できる。

 医者に診てもらっても異常なしと診断されたこの魔力減少症状。


 病気じゃないとしたら、それは特殊な事例だ。



「魔力減少を起こし始めた時期と重なる出来事に覚えがあるんじゃないですか?」



 セレナのその発言が脳に響く。

 あたしに症状が現れた同時期に起きたことといえば。



「エリゼの脱退……」


「正解です」


「けど、それじゃあいつがずっとあたしの魔力を補っていたことになるわよ。他人に分け与えるほどエリゼの魔力が無尽蔵だとは思えないし。

 そもそも、あいつがあたしに華を持たすような行為をする理由がないわよ」



 支援役すらサボりがちだったエリゼが、わざわざそんな意味不明なことをするわけがない。

 そうだ、あたしを立てる理由があいつには一つもないのよ。



「本当に言ってるんですかあなた……。

 エリゼさんとどんなコミュニケーションを取ってきたかちゃんと思い出してみてください」



 エリゼとの絡みを、どうしてそんなことを。

 なんて言えば、またガミガミ言われそうなので抑えておこう。


 言われた通りにこれまでのエリゼを思い出そう。


 テンペストに加入した時のこと、あいつはあたしと初対面のはずなのにやけに喜んでいたわね。


 それからも、あたしにだけはやけに突っかかってきていた気がする。

 食事を取るときもあたしの側に座ろうとしてたし、買い物に出かけたときも付いてきていたわね。


 本当はアラン様とそういうことをしたかったから、ずっと邪魔だったな。



「駄目ね、鬱陶しい記憶しか出てこないわ」


「嘘……ですよね? だって、あんなに楽しそうにしていたじゃないですか」



 この聖女様にはあれが楽しそうに見えていたのか。


 最初は後輩ができて嬉しかったのかもしれない。

 だけど、あたしが自分より優秀な人間だと理解してからは、その腹いせでただ新人をいびっていただけだろうな。



「あれはエリゼの嫌がらせよ。ま、あたしはアラン様以外の連中を適当に遇らっていたからなんとも思わなかったけど」



 そう考えるのが自然だろう。

 アラン様から聞いてから知ったけど、エリゼはそういう人間だ。

 気に入らない人間を陰湿なやり方で追い詰めるらしい。


 あたしの発言を聞いたセレナは、明らかに苛立っていた。

 え、なんで。

 特にセレナにとって害のあることは言っていないはずなんだけど。


 彼女は聖女らしくない冷ややかな声色で口にした。



「あの、そろそろ気づきませんか? あなたがアランに嫌われていたことに」

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