第20話 残念ながら、あなたも必要とされていない
「ラスカっ!」
メイリーの歓喜する声が聞こえる。
「ギリギリセーフだね。セレナ、怪我はない?」
「私は大丈夫です。心配されるのはラスカさんの方だと思いますよ」
「そうだった、ちょっと頭がクラクラしてる」
二人は大丈夫そうだ。
あたしはひとまず危機を乗り越えたことを噛み締めて、討伐対象に目をやる。
まだだ、まだ終わっていない。油断は禁物だ。
打ち上げられた
結局ラスカの一撃をもってしても、討伐という目標には一歩も近づけていないということだ。
次にどう行動すればいいか、それを考えないと。
術式の発動すら困難になって来た今、あたしが頼れるのは魔道具のピアス二個とカフス一個、そして魔力を液体に変換し携帯できる魔力瓶二本。
これらの魔道具には、着用者に作用する身体能力向上系の術式を組み込んである。
さっきのように仲間に投げて援護したり、敵に対して攻撃できる代物ではない。
そして、ラスカは気を取り戻したと言っても、もちろんその体は本調子ではない。
その身には無数の傷と出血は未だにその身に残っている。
それに加えて、憶測の域を出てはいないけど
つまり、うちの武闘家はもう立っていられるがやっとな状態と言える。
あたしが頑張んないと。けど、どうすれば良いのよ。
戦術を速攻で考えているその時、天井へ張り付いた巨体と目が合った。
いや、こいつに眼球と呼称できる部位があるのかは不明だけど、そうとしか表現のしようが無かった。
「は?」
それが何を意味しているのかは体が理解していた。
全身の筋肉が強ばり萎縮している。
殺される、それだけを感じていた。
不規則に標的を変更する
もしかすると、あたしがこの中で最も弱っていることがバレたのかもしれない。
巨体は天井を蹴り飛ばしてこちらへと急降下した。
重力が移動を手助けしているため、これまでの速度を凌駕するほどの勢いで落ちてくる。
生身のあたしじゃどう考えてもこの状況を覆すことはできない。
ラスカはそれに気づいて走り出そうとしてくれたけど、痛めた脚のせいで思うように動けていない。気持ちだけ受け取っておくわ、間に合わなそうだし。
セレナも彼女と同じようにこちらへ来ようとしている。あんたは何もできないでしょうに。
メイリーは驚いた顔を晒してもたついている。
ったく、自分の身は自分で守れってことね。
「死にたくないから、殺されないわよ」
腰に締めているベルトの左右に掛けていた魔力瓶を一本ずつ両手取る。
これは、あたしがこの戦いで発動出来る最大の魔術。自分を守る為に使う最後の魔力。
攻撃用に想定していた切り札を防御に回すことになるなんて、屈辱だけど背に腹は変えられないわね。
とても便利な技なんだけど、
詠唱文を口にする余裕が無い今、
手に持った魔力瓶をそのまま地面へ叩きつけ、赤い液体魔力をぶち撒ける。そして、一刻の猶予もないこの状況においての最適解を高らかに叫んだ。
「っ!!絶やすことなく言葉を紡げ!聖火の守護者よ!!」
すんでのところで、一節だけは詠唱文を挟むことができた。
術式の名は、聖火の守護者。
最高クラスの防御を誇る術式。
瓶から飛び散った液体は重力に逆らうように浮かび上がる。
声を聞いたそれは、紅い月の様に妖艶な光を帯びてあたしの周りを囲み込んだ。
紅く光る魔力の液体は、蒼く透明な結界となってあたしの周りを球で取り囲む。
奴の攻撃が来るより先に術式は完成した。あたしを守る障壁術式が。
さらに、通常時よりも大量の魔力を流したことでその防御性は増している。
だけど、叩きつけられる拳は魔力で出来た障壁に邪魔されてあたしには届かない。
打撃によって生まれた衝撃は全てその大きな拳へと跳ね返される。
どうやら術式は完璧に展開されたようね。
これで
どの方位から攻撃が来ようと、その全てを弾く結界を纏うあたしはもはや敵なし。落下攻撃だろうが、巨大な手で払い除けようが、今のあたしを仕留めることはできないわよ。
だけど、ごの巨体はあたしが想定していた攻撃を選択しなかった。
巨大な両手があたしを障壁術式ごと掴む。
まさか……まさかね?
「持ち上げる気じゃないでしょうね!?」
そんな荒技許されるはずはない。結界ごと持ち上げるなんて話は聞いたことがない。いや、誰もそれを試そうとしなかっただけで、実は有り得るのか。
次に起こりうる未来を予測して、体の芯に悪寒が走る。
巨大な指と手に術式が覆われる。そのまま流れるような動作であたしは持ち上げられた。
まるで鳥籠の中に閉じ込められてしまった錯覚を起こしてしまう。
「ほんっと力技しか使えないわけ!?この堅物がっ!!」
あたしの魔力は既にすっからかんなため、どれだけ踏ん張ったとしても障壁術式に魔力を送り込むことができない。つまり、今は何もできないということだ。
視線の高さがどんどん上昇している。
魔道具に溜めた魔力を流し込んで、
高度が上昇する度に焦りが出てくる。
正解が分からない。何をすれば良いのか分からない。
先程からメイリーが何度も矢で妨害をしてくれているが、やはりその攻撃に意味は無い。
結局、何も対策が思い浮かばないまま、あたしは投球された。
発射された結界の中で、何度も体を跳ねさせる。
あたしは、防御に徹するその術式の内側で全身を打ち付け続けた。これじゃ本末転倒じゃないか。
視界が回転して状況が掴めない。
こんなにヤバい奴、本来なら騎士団の管轄でしょ。
愚痴を思い浮かべながら、流れに身を任せて部屋の中を転がり続ける。
回る視界の中で、アラン様が崩れた壁から体を起こしているのが見えた。
あたしの表情に自然と笑みが宿る。
時間稼ぎは成功したんだ。これでアラン様が
運動エネルギーが消失し、やっとの思いで地に足をつけることができたあたしは、ふらふらと不安定なまま立ち上がる。
三半規管をめちゃくちゃにされたせいで、とても気持ち悪い。
立ちくらみを起こし頭を抑える中で、あたしは目にしてしまった。
「あ、やば」
視線を移した先には床がある。
何の変哲も無い遺跡の床。
見た目に変化は現れていないが、あたしが今立っている場所はかなり危険だ。
なんてったって、あたしがなけなしの魔力を使って脆くさせてしまっているんだから。
酷く足が震えている。早くこの場を離れないと。
いや、でもこの床の奥にはあの人がいるじゃないか。テンペストの最強戦力が。
そうだ、あたしの後方には彼がいる。いざとなれば助けてくれるんだから何の心配もない。
投球を終えた自立人形(ゴーレム)があたしの方へと幅跳びをかましてきている。重さを攻撃力に変えて、あたしを踏み潰そうとしている。
こいつは知らないんだ、お前のその攻撃が自分を大きく不利にさせてしまう立ち回りをしていることを。
床が崩壊して足を掬われても知らないわよ。
不幸は続く。絶望は続く。
自分の何百倍の重さを持つ巨体がこちらに到着する直前に、あたしを守る障壁術式はその役目を終えた。
あたしを守る周囲の結界は綺麗に消失する。
無防備を曝け出した哀れな魔術師は思考を放棄する。これ以上考えても無駄だ。
無心で左耳に装着してある魔道具の全てを発動させた。
あたしの全身に魔力が迸る。
身体能力を上げる魔術ともう一つ、絶対回避の魔術が展開される。
その結果、重量の塊に押しつぶされることはギリギリ防げた。が、脆くなった遺跡の床は崩落し始める。
もう何も残っていないあたしは、崩壊を免れ崖となった地面に必死に手を伸ばすけど、その無力な腕は地上へ届かない。
あたしと
あたしが今まで立っていた大部屋が離れていく。
その瞬間、アラン様があたしの頭上数メートルを横切った。
穴の上を疾走しながらこちらを見下ろしている。
思わず、彼に向けて手を伸ばした。きっとあなたはあたしを救ってくれるから。
あの時みたいに、またあたしを救ってくれるはずだから。だから。
「アラン……様っ!!」
「ごめんねリューカ、大切な仲間を護るための犠牲になってくれ」
あなたはあたしに向かって何かを言った。
だけど、分からなかった。
聞こえなかったんだから。
聞こえない、何も。
何も聞きたく無い。
落ちていく。落ちていく。落ちていく。
あたしと落ちていくはずだった階層の守護者は、長い腕を大いに生かして大部屋の床を掴んでいた。
あーあ、ざんねん。
あたしは一人、落ちていく。
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