第78話「しっかりしてください!」

 深い森の中、複数の金属音が断続的に鳴り響いていた。マリムとルヴィエ、レミルナとトモルが手にした武器をぶつけ合っている。


『リュール様……』


 座り込んだリュールに握られたブレイダは、小さく呼びかけた。彼女の主人は、虚ろな瞳で戦いを見つめたままだ。

 裂けた右腕と斬られた胸板からの流血が止まらない。自身を治癒する魔人としての能力が落ちているのかもしれない。


『リュール様! 危ない!』


 マリムの剣を掻い潜り、ルヴィエがリュールを狙う。ブレイダはただ叫ぶことしかできなかった。


「やらせんよ!」


 黒紫の剣がリュールを斬る直前、マリムが間に入った。少しでも遅れていれば、首が飛んでいた。

 剣の姿では、自ら動くことはできない。剣なのだから当然ではあるが、ブレイダは悔しかった。


『リュール様、立ってください!』


 いくら呼びかけても、返事はない。少しぶっきらぼうだけど、優しい心根が隠せない声が聞きたかった。


「リュール、いくら私でも、長くは保たない!」


 ルヴィエからリュールを守っているマリムは苦しそうだった。いくら魔剣の力を借りたとはいえ、人間が魔人の相手をできるわけがない。ブレイダからも、限界は近いように見えた。

 音でしか確認できないが、レミルナは善戦している様子だ。白と黒の二本を扱うなんて、魔剣の自分としても感心してしまう。


『リュール様、スカしが……もう!』


 全力の叫びも、リュールには届かない。ブレイダが知る限り、こんな状態は初めてだった。

 最も繊細な部分が傷付けられてしまったのだろう。きっと、リュールの持つ他者に向けた優しさの根幹だった。ブレイダにはそう思えてならない。

 その証拠に、ブレイダの刃は黒に近い灰色をしていた。白銀の輝きもなく、黒紫の禍々しさもない。


 ブレイダは自分にできることはないかと、必死に思案する。彼の心を、なんとか救いたい。主人のためにと、戦いで役に立つこと以外を考えるのは、初めてだったかもしれない。


『リュール様! お願いですから、反応してください!』


 それでも、リュールは心を閉ざしたままだった。

 ブレイダは哀しさと憤りが自分の中で膨らんでいるのを自覚した。これは、剣が持つものではないと、拒絶したくなる感情だった。敬愛する主人の剣であるならば、これはとても良くない。

 

「私はリュール様の剣でいたいのです! って、あれ?」


 想いを吐露した時、ブレイダは人の姿になっていた。後頭部で髪紐がほどけ、くすんだ灰色の髪が視界に入った。


「これは……」


 いつかレピアが言っていた事を思い出す。剣が人の姿になるのは、使い手と剣が戦う意志を解いた時だ。


「レミィもレピア姉さんも、ついでにスカしも戦っているというのに……」


 ブレイダの全身が震える。


「何もできず、髪もこんな色になって……」


 朱色の瞳に、涙がにじむ。

 手を伸ばし、主人の頬に触れた。それは温かかく、生きていることを告げていた。


「あー! もう!」


 自分でもわからない複雑な感情を処理できず、ブレイダは叫んだ。あまりの大声に、戦闘中の四人が一瞬動きを止めた。


「何ですかもー!」


 リュールの頬に両手を添えたブレイダは、思い切り頭突きをする。小さく鈍い音が響く。


「な、あ?」

「あ? じゃないです! 私のリュール様なんだから、しっかりしてください!」


 主人に暴力を振るう。剣としてあるまじき行為だった。しかし、止められるものではない。ブレイダにとって最も重要なのは、リュールがリュールのままリュールであることだったからだ。


「そうじゃなきゃ、困ります!」


 リュールを怒鳴りつけた少女の髪は、少しだけ白みを帯びていた。

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