第50話『私はいつまでもリュール様の剣ですから』(第3章 開戦 完)

 人の姿になるとしても、剣は剣だ。命があるというわけではない。リュールは意図してそう考えるようにしていた。感情移入してしまえば、道具として使うことができなくなるからだ。


「ダ、ダーラ……」


 名前を呼ばれ、短剣が女へと変わる。地面には胸から上が転がり、ジルの腕の中には腰と足が抱かれていた。

 血は流れず、断面は刃と同じ黒紫に塗りつぶされているように見える。人になった剣は、腹の中まで人と同じではなかった。


「ジル……様」


 女の口から主人の名が漏れ出し、震えながら手を差し出す。ジルも下半身を抱えたまま手を伸ばした。しかし、それらが触れ合うことはなかった。

 ジルの手には折れた短剣。地面にはその先が落ちている。何の変哲もない、良く手入れされた短剣だった。


「ダーラ! ダーラ!」


 ジルが短剣に向け叫ぶが、何も反応はない。


「クソが! ガーラ!」

「はい!」


 弾き飛ばされたもう一本の短剣の名が響き渡る。くせ毛の女がジルに向けて走り出していた。


「させるか」

『やらせません!』


 合流させるわけにはいかない。リュールはガーラに向かい、ブレイダを振った。最軽量の刃を一閃。


「がっ……」


 恐らく気付きすらしなかった。一切の反応なく、ガーラは腰から分断された。驚愕の表情を浮かべ、細身で美しい肢体が宙を舞う。


「あ、ああ……」


 ジルが絶望の声をあげ、地面に膝をつく。もはや言葉も出ないようだった。

 子飼いの魔獣も、二本の短剣も失った。うなだれる様子を見れば、三本目の短剣があるとも思えない。ただし、念の為に警戒は続けておく。

 彼にはもう戦う手段が残されていない。つまり、リュールの勝利である。

 空が白み始めている。間もなく夜明けだ。


『リュール様』

「ああ」


 感傷に浸るわけにはいかない。敵に同情して得るものなど何もないのだ。これまでの傭兵生活で学んだことだ。


「殺さねぇからな」

「殺せよ」

「やだね。聞きたいことが山ほどある」


 リュールを見上げるジルの目からは、先程までの力が消え失せていた。視線をリュールから外し、折れた短剣に目をやる。


「ガーラ……ダーラ……」


 まるで恋人や家族を失ったようだ。武器が壊れてしまっただけだというのに、悲しみが溢れ出していた。


「騎士団に引き渡す。尋問ならあっちが専門だろうからな」

「殺して、くれよ。あいつらが居ないなんて耐えられねぇ」

「何度も言わせるな。嫌だね」


 自死しないように見張りつつ、騎士の到着を待つ。人質になっていた住民も、命は助けられた。彼らも保護してもらおう。


「とりあえず、ここは終わったな」

『はい。お疲れ様でした』


 道具に労われるというのは、いつまで経っても不思議な気分だ。ブレイダと名付ける前も、剣としてこんな風に思っていたのだろうか。


『リュール様』

「あん?」

『もし、私が折れてしまっても、悲しまないでくださいね』

「ああ、そうだな」

『私の使い方も、このまま変えないでくださいね』

「ああ、お前は俺の剣だからな」

『はい、嬉しいです』


 ブレイダを鞘に戻し、リュールは朝焼けを見上げる。

 折れても悲しまない、気を遣った使い方をしない。剣を剣として扱うならば当然のことだ。

 しかし、今のリュールにとって、愛剣の気持ちに応えるのは、少々難しいことだった。それでも、ブレイダの言い分が正しいと思う。ならば、自分は強く在らねばならない。


『私はいつまでもリュール様の剣ですから』

「そうだな、そうしてほしい」

「はいっ!」


 リュールはため息をつく。ザムスを先頭とした数人の騎士が、ジルを捕縛していた。



第3章 開戦 完

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