第24話『お任せあれ!』

 地図を頼りに、茜色から紫色へと変わった空の下を歩く。この地域の村と村は、細い道で繋がっているため迷うことはない。ただし、使われる頻度が少ないため、道は草や石まみれで歩きにくかった。


「そろそろだな」

「あ、あれじゃないでしょうか」


 ブレイダが指差した先には、木造の小屋がいくつか見えた。おそらく、作物を保管しておく倉庫だ。あれがあるなら、人が暮らす村はすぐ近くにある。


 更に足を早め村へと向かうと、人の声が聞こえてきた。男女の悲鳴と、断末魔のような叫び。木造の家屋から火の手が上がっているのも見えた。

 これは普通ではない。恐らくは、魔獣だ。


「今のうちに、ブレイダ」

『はいっ!』


 剣になったブレイダから落ちる外套を広い、鞄に詰め込む。腰に鞘を引っ掛け、留め具を外した。

 月と星の光の中、白銀の刃が輝いた。


 村中の建物が燃える明かりの下、左足を無くした男が倒れていた。見たところ、まだ息はある。ただし、もう長くはないだろう。


「何があった?」


 辛うじて意識を保っていた男に向かい、リュールは問いかけた。答えがある期待はできない。


「い、猪が……」


 その一言で事態を理解する。あの夜と同じということだ。


「わかった。任せてくれ」

「ありがとう……二匹だ、にひ……」


 必死の形相でリュールを見つめたまま、男の命は消えた。


「情報、ありがとよ」


 男の瞼を閉じさせると、リュールは火で炙られる村に足を踏み入れた。


「ここも、遅かったか」

『どうでしょう、人の気配はしますけど』


 ブレイダを構え警戒しつつ、足を進める。昼間と同じく、あちこちに死体の姿が見えた。生き残りは発見できない。


「あああああああ!」


 諦めかけた時、絶叫が響ぬ。少年のようだった。リュールは無意識に、駆け出していた。

 声の主は曲がり角の先にいた。腰が抜けたのか、地面を這いつくばっている。その視線の先には、魔獣がいた。大きさは、宿場町で見たものより小ぶりだ。とはいえ、猪としては異常な大きさではある。


「いけるな?」

『はいっ! お任せあれ!』


 いつもの調子のブレイダは、リュールを少しだけ冷静にさせてくれた。自分たちならやれると、根拠のない確信が胸を満たす。


「ふっ!」


 魔獣は少年を踏み潰そうと、突進を始める。駆けつけたリュールはその勢いのまま、横薙ぎにブレイダを振り抜いた。


「ギュエッ!」


 聞き苦しい鳴き声を上げ、魔獣は上下に分割された。ブレイダを振ったまま駆け抜けたリュールには、返り血が降り注ぐことはなかった。

 足を止め、振り向きつつブレイダを再び構える。油断は禁物だ。


「やったか?」

『そう、みたいですね』


 血と臓物の海の中、魔獣はぴくりとも動かない。斬れば死ぬところは人と変わらないらしい。


「大丈夫か?」


 少年はリュールたちとは対照的で、盛大に血を浴びていた。がたがだと歯を鳴らしたまま、小さく頷く。


「まだいるらしいな?」


 言葉にはならなくとも、少年は再度頷いた。


「動けるなら逃げろ。動けないなら、ここで待っていろ」

「あ、ああ……」


 少年は怯えきった瞳から涙を流し、リュールの方を指差した。正確には、リュールの後方を。


「ほう……」


 振り返った先には、先程斬り捨てたものよりも遥かに大きい魔獣が、こちらを睨んでいた。

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