第15話『名前、ですか?』

 なぜか喋るようになった剣を辛うじて構え、リュールは猪に向き直った。


「せっかく話せるようになったんだがな、だいぶまずい状況なんだ」

『はい、見ていました』

「だから、悪いがもうすぐお別れだ」

『嫌です』


 少女の即答に、リュールは苦笑いをした。

 猪は、再度の突進体勢をとっている。万事休すという状況だ。


「と言ってもな、あれは無理だ」

『大丈夫です』

「どういうことだ?」

『私がいるからです!』


 少女の妙な自信にリュールの心は軽くなる。


「そうかい、相棒」

『はいっ!』


 先程のように受け流す斬り方では致命傷は与えづらい。かといって、頭は骨が硬く刃は通らない。狙うなら、目だ。

 リュールは剣を突きの姿勢で構えた。高速で突進する猪の目を狙うなど、至難の業だ。しかし、そうでもしないと傷を与えられない。片目でも潰してしまえば、あとは隙をつくこともできるだろう。


 猪の動きはリュールの反応速度を超えていた。突き出した剣は目の上を浅く斬っただけだった。辛うじて牙は避けたが、リュールの胸板を切り裂いた。致命傷ではないが、皮膚の裂け目から血液が吹き出す。


「ぐぉっ……」


 体勢を崩した脇腹に、猪の鼻先と額が衝突する。咄嗟に剣の腹で防ぎ、直撃を避けた。しかし勢いまでは殺しきれず、リュールの体躯は吹き飛び壁に激突した。

 猪はそのまま直進し、反対側の建物に穴を開けた。


『リュール様!』

「うう……」

 

 衝撃で思考と視界がぼやける。打ち身で体の自由が利かない。少女の声だけが、ぼんやりと頭に響いていた。


「くそっ……」


 軽く頭を振り、無理に体を起き上がらせる。幸いにも骨は折れていないようだ。ただし、悲鳴をあげるような激痛が全身に走った。


『リュール様、よかった』

「まだ……生きてる……みたいだ」


 杖代わりにした剣を見て、リュールは驚愕した。

 剣身は歪み曲がり、幅広の半ばまでヒビが入っている。剣としては致命傷だ。最早修理も不可能な程に。


「おい……」

『リュール様をお守りできてよかったです』


 少女は妙に落ち着いた様子だった。自分がどうなっているか、しっかり認識した上での言葉のようだ。


『残念なのは、もう、リュール様の剣でいられないことですね』

「何を言うんだ……俺の、剣なんだろ? 最後まで、付き合えよ……もうすぐ終わるからな」

「リュール様……」


 リュールは必死に声を絞り出した。立っているだけでも辛い状況で、剣を構える力さえ残っていない。

 二度目に開けられた穴から、猪の牙が見えた。


「そうだ、名前、考えたんだ……」

『名前、ですか?』

「ああ、俺の刃、剣ブレードだけど、ちょっと女の子らしくしてな」

『最期に、聞かせてもらっていいですか?』

「少し照れくさいが、この際、まぁ、いいか」


 ゆっくりと穴から猪が現れた。三度目の突進の構えをとる。これはもう、どうやっても避けられない。


「ブレイダってな」

『素敵な名前です。嬉しいです』

「そりゃ、よかった」


 次の瞬間、曲がった剣が銀色の光に包まれた。

 それと同時に、猪が地面を蹴った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る