丘の上の卵
丘の上に、ひとつの卵がある。
それは丸い形をしていて、硬い殻に覆われている。
ある男は、新しい仕事場への行き帰りに丘を通り、毎日その卵を目にしていた。
何日経っても何年経っても、卵は割れる様子がなく、傷ひとつつかない。
「でも、いつかはその卵も割れる日が来るかもしれない」
卵がキツネなどにいたずらされぬように、男は卵の周りを柵で囲ってあげた。
それからは毎日、晴れの日も雨の日も休みの日も、卵の様子を見に行った。
柵の囲いをつくり半年が経っても、卵は割れる様子がない。
雷鳴が鳴り響く嵐の日さえ、卵には傷ひとつつかない。
やがて男はお金が貯まり、卵の丘のすぐ近くに新しい家を建てた。
これなら、家の窓から卵の様子がすぐにわかる。
卵が割れる瞬間を見逃さぬよう、男は昼も夜も窓際の部屋で過ごした。
何年経っても何十年経っても、卵は割れる様子がない。
男の家に雷が落ちたときさえ、卵には傷ひとつつかない。
男が白髪の老人になっても、卵は昔とまったく変わらないまま。
身体が不自由になってきても、男は割れない卵が割れる瞬間を、自分が死ぬまでずっと待ちつづけた。
「もし自分が歳を取らない身体だったら、事故にあっても死なない身体だったら、いつまでも卵を待ちつづけられるのに」
外で嵐が吹き荒れても、男は窓際から決して離れなかった。
次の瞬間、空からまばゆい光が男の家を襲った。
家の窓は散り散りに破られ、男は大怪我を負った。
「誰か……助けてくれ……」
男が命の危機にされされたとき。破れた窓の外から突然、謎のキツネが家へ入りこんだ。
「きみは大事なものを守るために、雷に打たれない身体になりたいのだね」
謎のキツネは妖術を使い、男を人間ではない姿に変えた。
卵の近くへ連れて行かれてから、男は自分で動くことができなくなっていた。
男は丸くて硬い石になってしまった。
若いときからずっと見守ってきた卵と、まったく同じ姿に変えられたのだ。
二つの石は今でも、これからずっと先も、割れて砕けることはないだろう。
丘の上の石たちをしばらく見守ったあと、謎のキツネは怪しく笑いながら、丘を去って行った。
おわり
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