バトル系ネット恋愛
海鼠さてらいと。
カドモスの少女
「遅いなぁ……もう時間のはずなんだけど」
春が始まってそう日が立たないこの日、俺はとある人を待っていた。春……といってもまだ暖かくはない。むしろ今は雨が降っているせいか、昨日より肌寒い。
俺は傘を持つ手を変え、腕時計に目をやった。時刻は15時を過ぎていた。約束の時間を20分過ぎていた。まさかバックれられたのか?俺は不安に襲われる。
(やっぱりネット恋愛なんて上手くいかんのかなぁ……)
心の中でそう呟き、ため息をつく。待ち人はネットのアプリで知り合った、2つ程年下の女性だ。いや、別に最初から出会いを目的として話してたワケじゃない。ただ画面越しの彼女は可愛くて、話上手で……気が付いたら惚れてしまっていたのだ。それで思い切って会う話をしたら、返事はまさかのOK。これもしかして向こうも俺に気があるんじゃ?そんな事を妄想してワクワクしながら今日という日を待ち、ついに来たる今日、時間通りに待ち合わせ場所に来た訳……なんだけど。
周りを見渡しても彼女と思われる姿は無い。もしかして俺の実際の顔を見て逃げ出したんじゃ……最悪の状況が脳裏に過ったその時…。
「あの……」
後ろから声をかけられた。間違いない。この状況で俺に声をかけてくる女性と言えば、あの人しかいない。俺は期待に胸を膨らませながら振り返った。そこにいたのは写真通りの女の子。背中まで伸ばしたセミロングが可愛らしい白いワンピースを映えさせている。
やったぜ。
もう気が狂う程、嬉しいんじゃ。
上手く行けば彼女いない歴=年齢の方程式を覆せるかも。俺はそんなゲスい考えを蔓延らせながら、紳士的に笑った。
「君がハルちゃん?良かった、やっと会えた」
「あの、あのあのあのあの……」
「ん?」
彼女は下を向いたまま俺と目を合わせようとしない。あぁ、もしかしなくても恥ずかしがり屋なのか。
「あー……大丈夫だよ、ネットの時と同じ接し方でさ」
俺は気さくにニチャりながら話しかける。
「ね、ねっと、ですか……」
彼女はそう言って硬直してしまった。沈黙が2人を覆う。気まずくなって空を見上げると電線の上にカラスが座っていた。そいつは小さく羽ばたくと、2人の足元に着陸する。
「カド……モス……」
「え?」
その時――空気が変わった。
降っている筈の雨の音は消え、彼女から黒いオーラが煙の如く立ち込める。
「我は……カドモスの化身、ハル、サーオンジュ……貴様との邂逅の時を待っていた」
「え?ちょ、何言って……」
思い出した。彼女とはネット上でこんな感じのやりとりをして遊んでいた時があった。もしかしてネットの時と同じ接し方ってこういう……。
雨に濡れたカラスが頭を持ち上げて、鳴いた。それは正に戦いの始まりを告げる鐘の音だ。
「……ッ!」
何かの攻撃の気配がして、俺は咄嗟に飛び退いた。喉を狙ったカサの切っ先が空を切る。
「…ほう」
かわした――そう思って一瞬、ほんの一瞬気が緩んでしまった。こちらに向けられた傘は大きく開き、俺の体を吹き飛ばした。
「ぐっ……!」
俺は激しくノックバックしつつ、地面に右手を着いて衝撃を吸収する。しかし猛攻は止まる気配がない。顔を上げたその先には傘が――本来雨から身を守る筈の「盾」が、今は凶悪な「矛」となって俺の背中へ打ち下ろされていく。
「くそ…っ!」
一か八か、俺は凶刃を左手で――カサを持った手で受け止めた。それは俺の獲物へ激しくぶつかる。
「貴様、なかなか良い……」
俺は荒い息を吐きながら立ち上がり、彼女と目線を合わせる。殺るか、殺られるか。その双眼は俺にそう告げていた。
「どうして我が貴様と会う選択をしたか、分かるか?」
ハルは高いけど出来るだけラスボスっぽい声で俺を突き詰める。
「それは……」
「我をヤるつもりだったのだろう?」
「……ッ!」
こいつ……さっきの俺の紳士的スマイルが偽物であったと気づいていたのか…!?
「我と会えたらまずはカラオケなり喫茶店なり連れて行って、良い雰囲気のまま夜になったらもう遅いから泊まっていきなよ、とか言いながらホテルに連れ込んでヤるつもりだったのだろう?」
図星の連発に、言葉を失う。
「あぁ、いいだろう。ヤらせてやる」
しかし……そう言い、ハルは俺に突進する。
「ぐ…っ!」
襲いかかる袈裟斬りを咄嗟にガード。しかし、これが甘かった。傘を両手で、上段に構えた事により、致命的な隙が出来てしまった。
無論、それを見逃す相手ではない。
「しま…っ!?」
「天壊蹴《サンブレイク》」
「ぐはっ!?」
ハルの左足が俺の腹を正確に抉る。衝撃に手から獲物が零れ落ち、膝から崩れ落ちた。
「く……くそっ……」
「ヤりたいならば、力を示せ!!」
痛みに苦しむ俺を前に、ハルは笑う。
戦力差は歴然。だけど、絶望は感じない。
むしろ心地良い。
あぁ、そうか。
俺はこんな相手を……探していたんだな。
「…いいのかよ」
「なんだと?」
俺は再び立ち上がる。先程の腹部へのダメージは軽いものではなく、足が震える。地に落ちたカサを再び拾い上げる。
「俺が本気を出したら、あんたを傷つけてしまうかもしれないんだぞ」
いくら俺がクズでも女の子に手を挙げるなんて。
「それでいい」
ハルはそう言い、徐《おもむろ》に小石を拾い上げた。それを握りしめ、エネルギーを溜める。
「ここからはヤるかヤられるかだっ!!」
ハルが――哭いた。
「粉砕石魔弾!!《ロッククラッシャー》」
同時に右手から放出された石は――まるで弾丸のような速度で心の臓へ迫り来る。間違いなく命を絶つ一撃だ。
だが、だがなぁ!
これから命を増やそうってのに絶たれる訳にはいかねぇんだよ!!
俺の集中力は極限に達していた。魔弾の速度、位置、角度。全てを計算した。
バシィィッ!!
「なに……!?」
完璧なタイミングで右手を前に突きだす。弾は心臓へ届かず――俺の掌へ収まっていた。
それは誰が見ても奇跡だった。
無論、この奇跡をフイにする訳にはいかない。俺は亜音速で握り込まれた弾を地面に叩きつける。弾は地球と衝突して小さな破片に成り、ハルへ襲いかかる。余程想定外だったのだろう。ハルは驚異から逃れようと咄嗟にしゃがみこむ。
ここだ、ここしかない!!
一気に距離を詰め、カサを横薙ぎで叩き付ける。狙いは首筋。
「取ったァァ!!」
「……え?」
渾身の力を込めて振るった攻撃は――首に当たる直前で止まっていた。あぁ、そうか。
俺は納得してカサを下ろし、ハルに踵を返した。
「なぜ、なぜだ!!」
後ろからハルの叫び声が聞こえてくる。
「なぜ慈悲を与える?我は命を狙おうと……!殺そうとしたんだぞ!?」
「…そんなこと」
その質問に対し、俺は振り返らずに答えた。
「あんたは俺と付き合うからさ」
通常の状態だと絶対言えない台詞だって、今なら言える。今のテンションなら。
「一度も反撃しなかったのは…!?」
「それも、付き合う為だ」
「そ、そんな……」
正気を取り戻したハルは泣いていた。俺は優しく駆け寄り、その震えた体を抱きしめる。
「おかえり」
「ごめん……なさい………」
「いいさ、無事でよかった」
「じゃ……ホテル、行こっか」
そう笑う俺の右頬に鋭い衝撃が、走った。
バトル系ネット恋愛 海鼠さてらいと。 @namako3824
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