第12話 いくら温厚な俺でも怒る……!ぞ?

午後はまた新たな畝を作って、葉物を蒔く予定だ。


葉物と言っても色々あるが、大体どれも共通して言えるのは、それほど土壌を深く使わないことが魅力だ。

なので、地表から10cmぐらいの範囲を改良すれば、概ね何とかなるという計算。


というわけで先ほどと同じく、落ち葉を混ぜ込んだ土を作り、固くなっている地面をクワで耕して、一列の畝を作った。

まあこれだけあればそこそこできるはずなので、発芽の様子を見てみることにしよう。


ということで種の中から、小松菜・チンゲン菜・水菜・野沢菜・山東菜などを蒔いてみた。

山東菜というのは、品種改良された白菜の仲間のような奴だ。


これらアブラナ科の小さくて丸い種を、小さく作った溝にすじ状に落としていく。

専門用語でいう、すじ蒔きという奴だ。


「これは何だ何だ?美味しいのか?」


興味津々でルルガが聞いてくる。

だが、葉っぱだと答えると興味が失せたらしく、あっという間に再びトウモロコシの方を見に行ってしまった。


「おいルルガ、あんまりその辺歩き回るなよ!土が固くなるから」


「全く、ルルガは食い物には目が無いからなぁ……。私はその点、料理には興味があるぞ。やはり健康な子供を産むためには、日々の健康管理が重要で……」


横からミミナが口を挟んでくる。


……ああ、これは典型的な、色々うるさ過ぎてタイミングを逃すパターンだ……。


もちろんそんなことは言わないが、まあ一応理由は何であれ興味を持ってくれるのはありがたいことだ。

何かあった時のために、俺以外の人も世話ができると非常に助かる。


その点では、ルルガはあまり役に立ちそうに無かったが、ミミナのこの性格なら大丈夫そうだ。

俺は、彼女からのプレッシャーをうまく避けつつ、栽培の要点を伝えた。


何と言ってもまだまだ未知数だが、後は天候次第で次の状態は変わるだろう。

聞く所によると、雨はそれなりに降るようなので、雨を待つか水やりをするかだ。


どうやらやはり、この辺りは元の世界の熱帯地域に近いようで、雨季と乾季があるらしい。

それでいうと、現在は雨季のようなので、乾燥よりも大雨に注意した方がいいようだ。


俗に言う、スコールというアレである。


なので、土の上にかぶせ物をすることにした。

向こうの世界でいう、マルチという奴である。


一般的に使われている物としては、ビニール製の物が普及しているのだが、当然そんな物は無い。

そのため、代替として木の皮や落ち葉などを使うことにした。


マルチの目的としては、保温や防草、そして保湿などがあるが、今回最も期待しているのが物理的な緩衝作用だった。


というのも、こちらのような熱帯地域の土は特殊で、粒子が細かすぎるために雨に打たれるとその衝撃で固まってしまう作用がある。


わかりやすいのが、レンガだ。

よく水で練って成形した土を干して固めて、レンガを作っている光景を見たことがある。


ここでは天然で畑の土もそのようになってしまうということだ。


というわけで、下の土が見えなくなるくらい葉をかぶせて、後は様子見という所までこぎつけた。

そうこうしているうちに、辺りは少しずつ夕暮れが近づいている。


……今日の作業はこれくらいだろうか?

体も程よく疲れてきたので、他の二人に言って今日は終わりにすることに。


「お疲れさん。今日はここまでにするよ。ありがとな」


「楽しみだな―」


「ふむ。たまには狩り以外のこともいいものだ」


そう言って道具などの片付けをした。


二人とも……特にルルガはかなり楽しみにしているようで、何度見ても変化はないというのに、飽きずにしばらく種を蒔いた所を眺めていた。


……懐かしいな。農業を始めた頃を思い出す。


そんな風に少しセンチメンタルになりつつも、今日も川へ向かう。

やはり、日中外作業で汗をかいて労働した後は、さっぱりと水で洗い流したいものだ。


当然、一緒に手伝ってくれた二人も一緒に行くわけだが、さすがにこれまでの経験から、くれぐれも入浴中はこっちには近寄らないこと!……と言い含めておいた。


そろそろゆっくり一人で水に浸かれる時間が無いと、疲れも取れない。

なんだかんだで緊張していたのか、体のあちこちがずっしりと重かった。


「じゃあ、また後でな。……いいか、絶対こっち来るなよ!」


「全く、ロキはシャイだなぁ……」


「ロキ殿。私はいつでも心の準備はOKだからな……」


「分かった分かった。いいから早く行ってくれ。服も脱げやしない……」


そんな会話があった後、ようやく一人になることができた。

ちょっと二人の様子も気になったが、昨日の開放感が病み付きになり、今日も真っ裸で川に入ることにした。


今の所、ピラニアみたいな肉食魚もいないし、思ったより水も綺麗なことから、寄生虫などもあまり気にしてはいなかった。


聞いたら、この川に住んでる魚は、近くのは大体村の人間に食べられてしまうらしい。

そしてよくよく考えてみれば、寄生虫なんて服を着てても着てなくてもあまり変わらないような気もした。


というわけで、俺はまた昨日と同じように、プカプカとゆっくりな水の流れに身を任せ、体の疲れを癒していた。


こっちの世界に来て数日だというのに、この心地よさは病みつきになりそうだ。

だが昨日までなら、ちょうどこの辺りで邪魔が……。


チャプ……


「……おい、さっきちゃんと言っただろ」


思った通り、頭上の辺りで人の気配を感じる。

さっきあれだけ言ったというのに……。


さすがにちょっと腹を立てながらも、体を起こして気配の方を見る。

すると、水面からわずかに獣の耳が出ていた。


これは……どっちだ?耳だけではわからない。

でも性格的に見ればルルガだろうか?


あいつ……一度しっかりと言わなきゃダメな奴なのか?


あまり舐められてばかりでもイカンな。

そう思い、裸であることも忘れて、グイッと水面の耳を引っ張った。


「こらルルガ!いくら温厚な俺でも怒る……!ぞ?」


何故語尾が疑問符へと変わってしまったのか教えよう。


……それは、俺の手が引っ張り上げた先に現れたのは、可愛い女の子の顔ではなく、何故か可愛い柴犬のような犬の顔だったからだ……!


「は?犬……?」


思わずそんな間抜けな声を挙げてしまった時。


「い……痛たたた!や、やめて頂きたい!」


犬が、喋った。

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