第10話 これを土の『三相分布』という。

さて、いよいよ種蒔きだ。


専門用語で言うと「播種」という奴だ。

当然ながら、これを失敗すると作物は収穫できない。

それどころか、今後の全てがパーだ。


俺は慎重に作業を進める。


ミミナは昨日、ルルガに連れられて村に帰った後、二人で一緒に俺の家に現れた。

珍しく大人ぶって叱るルルガの横で、しおらしく謝るミミナ。


「昨日は……ご、ごめんなさい……あまり慣れていないので、暴走してしまって……」


と、昨日あれだけのことをしたにも関わらず、モジモジとしている彼女の姿を見ると、ちょっと心動かされそうになる。

が、(ま、負けん!負けんぞ俺は……!)と粘土質の土ぐらい固く心に誓う俺だった。

まだこっちの世界のこともよく知らないのに、娘とねんごろになるなんて、リスク高すぎるぜ……!


長年の非モテ属性が染み付いているためか、女から言い寄られると妙に猜疑心が働いてしまう、残念な性格の俺なのだった……。


さて、というわけで、女性二人には暇な時に畑を手伝ってもらうことになり、落ち葉拾いをお願いしていた。

ルルガがミミナに、俺の世界で食べたトウモロコシが美味すぎる!と熱く語ったため、一緒に協力して農業をすることになったのだ。


若干プレッシャーでもあるが、一人でやるにはこの時代はキツすぎる。

手伝ってもらうことに吝かではなかった。


そもそも、この村の女性は非常に働き者で、しかも腕っぷしが強い。

男がいないのだから当然だとも思うが、ここでは全ての作業を女性が行っていた。

重そうな荷物を持っていることだって日常茶飯事だし、下手したら俺よりも力が強い女だってザラに居るだろう。


……後で聞いたことだが、やはり普通の人間に比べて、獣の耳を持った一族は力が強い傾向にあるらしい。

てか、やっぱり普通の人間もいるんだな。

良かった良かった。


というわけで、年頃の二人の女性は、ただのおっさんになりかけである俺よりもよっぽど体力的には上なのだった。

今朝もお詫びの品だと言って、鹿まるごと一頭を引きずってきたミミナには驚かされまくった。


一応、あんなでもミミナは村で一番の狩人らしく、その腕前はピカイチなんだとか。

さすがに猟師の知り合いは居ても、狩猟の経験は無い俺は鹿を解体することなどできず、丁重にお断りした上で、その日の昼と夜には鹿肉料理を振る舞って貰ったりした。


この世界の鹿は、まあ普通に美味かった。

赤肉の脂肪少なめな感じが日本でのジビエと同様にちょうどいい塩梅なのだったが、ただ残念ながら香辛料の種類が無いため、僅かな塩気と後は唐辛子の辛さのみという問題はあったが……。


南米や東南アジアと同様に、この辺りは唐辛子の豊富さだけは日本以上だった。


散々話は逸れまくったが、種蒔きの話だった。

昨日までの作業で、何とか畝は完成した。


だが、ここの地面にそのまま種を蒔いたのでは発芽率は相当に落ちてしまうだろう。

なんせ、雨が降ったらカチカチに固まってしまうほど土の粒子が細かいのだ。

逆に乾燥したら粉のようになって舞ってしまう。

時折吹く強い風が、畑の上に赤茶けた砂塵を描くのを何度か見ることができた。


なので、この土壌の性質を変えるために土に有機物を混ぜることにした。

それによって土に空気や水を含みやすくさせるのだ。

土の性質には三種類あり、鉱物である『固相』と液体である『液相』、そして空気である『気相』の割り合いで決まる。


これを土の『三相分布』という。


大体、それぞれ三分の一ずつがちょうどいいと言われているが、ここの土はそれぞれ固相:液相:気相が6:2:2ぐらいか、それ以下だった。

……ちなみに、俺がいた長野の黒ボク土は3:3:4ぐらいと、結構気相が多かったりもする。

なので、乾燥しやすいという特性があったのだが、これによって起こりやすい障害も変わってくるのだ。

液相が多ければ腐りやすくなるし、固相が多ければ根が酸欠になって枯死してしまう可能性が高くなる。


……前置きが長くなったが、こうした問題を防ぐために土壌改良を行っているのだった。


ルルガとミミナに落ち葉を拾ってきてもらったのは、気相を増やすためだ。

単純に土の中に空洞が多くなれば気相は増えるので、落ち葉をある程度砕いて土の中に鋤きこむ。

粒子の荒い鉱物を入れてもいいのだが、落ち葉は徐々に分解されて無くなるのと同時に、その構成要素である炭素が水を含んでくれるので、液相も多くなるだろう……という予測だ。


また、土壌中に住む微生物たちの餌にもなるので、土のバランスを整えてくれる可能性もあるだろう……。


そういや、微生物のこととか、こっちの人にはなんて説明したらいいんだろう?


……あ、ここはやっぱりアレか。

土の精霊ってことでイケるな。

もし必要な時があれば、そうやって説明すればいいのか。

科学的に説明しづらい部分は、全て精霊様の仕業ってことで。


……おお、何だか楽だぞ、異世界。


「おーいロキー!こんなんでいいのか?」


「ロキ殿、任務完了したぞ」


思考がちょっと飛びそうになっていた所で、向こうから声が掛かる。

俺は慌てて意識を現実に戻し、彼女たちの方へ歩いて行った。


「おお、サンキュー。こんな感じでいいよ。土の精霊様も喜ぶだろう」


「?土の精霊?ロキには分かるのか?」


「おお、任せとけ。俺は向こうの世界では精霊使いだったんだよ」


「そ、そうだったのかロキ殿!まさかそのような方だったとは!子種としては申し分無いな!」


「いや……その子種とかあからさますぎだろ……。まあともかく、こういう風に落ち葉は土の精霊様へのお供え物になるわけだ。これで多分、俺が持ってきた種も芽が出やすくなるだろ」


「おお……!あのトウモロコシがまた食べられるのか……!」


「そんなに感動的だったのかよ……。まだ分からんけどな。とにかくこれが第一歩だ」


目をキラキラさせながらヨダレを垂らして迫ってくるルルガの顔を抑えつつ、俺は手元の種の袋に目を落とす。


……頼むぜ、土の精霊様。

内心やや不安になりながらも、いよいよ種を植えることにした。



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