二品目 お椀・シンプルタケノコのお吸い物

「世の中には色んな戦争があるけど、『きのこたけのこ戦争』がこの世の中で1番平和な戦争だよな。」

シャベルに足をかけ、体重を乗せて土にシャベルを沈ませながら、坂下は話しかける。

「ちなみに、俺はタケノコ派。」

坂下は俺と同じタケノコ派らしい。

「キノコ派って人、中々見かけないけど、キノコ派は都市伝説なのかね?」

そんな事を言うと、少し離れたところで聞いていた本田先輩が会話に入る。

「え、私、キノコ派なんですけどー?!」

「マジですか、マイナリティじゃないですか。」

「失礼な!意外といるわよ、キノコ派!」

返答がありながらも、坂下と俺は黙々と土を掘ってた。

「で、ね。この戦争ってキノコは秋が旬で、タケノコは春が旬だから同時に争いの種になるものではないんだよな。」

確かに、春先にタケノコは売ってるし、きのこもどちらかというと秋の味覚というイメージがある。

お菓子として名前が付けられているものに対して本物の概念をぶつけるのはおかしな話だ。

「あー、確かにそうだな。」

坂下の土を掘るスピードが少し落ちる。

慎重に土をかきだしている。俺もそれにならって少し緩める。

「結構掘るんだな。まだ下が見えない。」

「坂下君、上手だね。やったことある?」

いつの間にか近くに来た本田先輩が、話しかけた。

「小学生の頃、父に連れられて知り合いの山で掘ったことがあります。」

「なるほどね。傷付けずに上手に掘ってるなと思って。」

シャベルの角度を少しずつ変えながら、80㎝は掘っただろうか。

やっと底が見えた。

坂下が軍手をした手でタケノコを少しゆする。

ぐらぐらと抜けそうで抜けない歯のようにタケノコは動いた。

そして、めりっと根本から聞こえるような鈍い音がして、タケノコが引き抜かれた。

土の上には少ししか見えない先端なのに、土の下にこんなに大きくなってるなんて思いもしない。

根本は小さめの小豆豆みたいなつぶつぶがぐるりと並んでる。

このつぶつぶ…これはなんだろう。

収穫したばかりのタケノコを見たことがないからこれがタケノコとは中々思えなかった。

しかも、こんなにでかいのか、タケノコ。

「お、採れたね。それ、持っていくね。」

本田先輩は採れたてのタケノコをどこかに持って行く。

「あ、掘ったところ、土を戻しててね!後から来る人が穴に落ちるから!」

タケノコを採るために掘り出した土を戻す作業も中々にしんどい。

その間、坂下は新しく掘り出すタケノコを探しに行った。

「立木はタケノコ堀とか初めてなの?」

土を戻していると坂下が尋ねた。

「奄美大島にはこういう太い感じのタケノコないね。」

俺の出身の奄美大島には細いタケノコはあるが、今掘ってるようなぽってりとしたタケノコはない。

「そうなんだ。所変われば品変わる、だな。」

坂下は足踏みしながら話す。

「足でもかゆいのか?」

「え?あぁ、タケノコ探してんだよ。」

タケノコを探すのに足踏みするのか?

顔にそんな疑問が出てたのか、坂下が続けていう。

「先端が地中に埋まってる方が柔らかくて美味しいんだ。」

「え?そうなのか?」

「そうだよ。あそこにだいぶ出てきてるタケノコあるけど」

そう言って、俺が真っ先に採ろうとして、放置されたタケノコを指差した。

「あれはもう堅くなってるだろうな。」

それは知らなかった。

目に見えるタケノコなら何でも良いかと思ってた。

「地中にあるタケノコをどうやって探すかっていうと、タケノコの先端が少し足にぶつかるような場所を足踏みで探すんだよ。」

なるほど、それで足踏みしてるんだ。

そういえば坂下はタケノコを掘る前に借りた長靴で足踏みをしていた。普段履かないような長靴に慣れてなくて足踏みしているのかと思ったがそうじゃなかったようだ。

「で、だいぶ採ったと思うけど、本田先輩、どこに持って行ってるんだ?」

俺が言うと、坂下はまた新たにタケノコを見つけたらしく、こっちにきて掘ってくれと言った。

この畑の横の雑木林に入ってタケノコを探してからどれくらい経っただろう。携帯を出して時間を見ると10時30分になっていた。

「先輩たちが下茹でしてるんだろう。タケノコは早く下処理しないとアクがつぇえからな。」

「よく知ってるな。」

「うっかりして採って時間を置いたタケノコを食べたことがあったんだけど、何つーのかな、舌がイガイガっていうか猪とか猿が食べる分には構わないんだろうけど、人間の舌で味わって食べられるような味じゃないね。」

俺はそんな経験をしたことがないから分からないが、坂下によるとそうらしい。

「タケノコはお湯を沸かしてから採りにいけ、って言うくらいだからそうなんだろうな。」

同級生だけど、ほぼお互いに話すことがなかったのにこの数時間でこんなに喋っているのは不思議な感じがした。



採れたてタケノコの刺身を食べてから、次に本田先輩が持って来たのは黒のお椀に入ったものだった。

味噌汁か?

「はいっ!お次は『シンプルタケノコのお吸い物』です。醤油と塩だけの味付けだから、食べ盛りの君達には物足りないかもね〜。」

タケノコのお吸い物とは初めてだ。いや、そもそも、タケノコの刺身ですら初めてだ。

「ん、うちは味噌汁に入れますけど、先輩のところは吸い物にするんですね。」

坂下がそう話した。

「本当は色々入れて味噌汁にしたかったけど、君達、刺身を瞬殺で

食べちゃったから。間に合わせだよ。」

10代、20代男子の胃袋は掃除機かと言わんばかりの吸引力だ。作ってはすぐに出してるのだろう。

タケノコのお吸い物、本当に醤油と塩だけのシンプルな味付けだけど、身に染みるというか、ホッとする。

まぁ…やっぱり汁物だから瞬殺なのだけれども。





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