第11話「急転」

 翌日、佳奈と共に登校すると久しぶりにクラスが騒然としていた。


 いつもはネコを中心として騒ぎ立てているクラスメイト達だが、今日は蚊帳の外だった。


 佳奈は人垣をジャンプで跳ねて何があるのかを見ようとする。そして、彼女は何かを捉えるとみるみる内に顔が青ざめていく。


「あっ……ごめん、ネコくんやっぱり今日調子が悪いから帰る……」


「え、ちょっと、佳奈!?」


 ネコの静止も聞かず、佳奈は足早に去っていく。


「調子悪い人の速さじゃないよ……」


 釈然としないままクラスに入ると、見慣れない3人が目に入る。


 3人が3人とも、あからさまに校則を無視した派手な髪色をしていて、悪目立ちしていた。


「ねぇ、あの3人って……」


 近くにいたクラスメイトにネコは尋ねる。


「あ、ネコちゃん……えっと、あの3人は停学してたんだよ。でも……いや、なんでもない!」


「ん~?」


 頭を傾げながら、ネコは席につく。


 すると、向こうもこちらを捉えたのか、挨拶しにやってくる。


「おっす、お前が転校生? 金髪同士よろしく」


「え、あ、はい、よろしく」


 

 

 翌日も。


 そのまた翌日も。


 佳奈が登校することはなく、物足りない日々が続く。


 クラスの人気者であるところのネコは、登校すれば声を掛けられない事はないが、傍に佳奈がいない。


 それだけで、こんなにも静かになるのか。


 そうネコは感じながら今日も一人でクラスへ向かう。


 クラスに入ると、やはりあの3人組が大きな声で下品な笑い声をあげている。


 金髪に髪を染めた体格の大きい少女が牧野。


 前髪を縛って額を晒しているのが相模。


 茶髪にジャージで登校してるのが北山。


 そういう名前らしいことは分かったが、何故停学していたかは誰も話そうとはしない。


 今日は一段とうるさいばかりか、牧野が佳奈の席を椅子替わりにしていた。


「あの、そこは佳奈の席だから椅子にするのはやめて欲しいんだけど」


「あぁ? 来ない奴の席なんだからいいだろ?」


「いや、良くは……」


「なんか文句でもあんの?」


「(こ、こっわ~~! なんなのこの人達!)」


 不良というものが初めてのネコはその圧にたじろいでしまう。


 結局、彼女らを退かす事はできないまま、一日は過ぎていった。


 寮に帰ると、体調不良と言っていた佳奈はリビングでゲームに興じていて、ネコは思わずムッとしてしまう。


「佳奈、調子が悪いんじゃかったの?」


「うっ、その、調子が良くなったから……」


「円香や縷々も心配してる。それに、休んでミーティア実習に参加しなかったら、留年もしちゃうかもしれないし、弟くんの入院費も手に入らないんだよ?」


 そこまで言って、ネコはしまったと気づく。


 佳奈の思いつめた顔。


 きっと、何か事情があるのに一時の感情に任せて何を言っているんだと思ってももう遅かった。


「ごめん、ごめんね……明日……明日は学校行くから……そうだよね、私が頑張らないとね」


 胸の奥がずきずきと痛む。


 その痛みは気まずさとなり、言葉をせき止める。


 後悔を引きずりながら、二人は明日を迎えた。


 眠れなかったのか、佳奈はフラフラな足取りで学校に向かう。


 クラスにはやはり、あの3人がいる。


 佳奈も彼女らを認め、途端に緊張した面持ちとなっていく。


 彼女達が関係あるのか。


 そう思いながら、二人はクラスに入っていく。


 そして、向こうもこちらに気づくと、牧野が佳奈へ声をかけながら肩を無理矢理に組んでくる。


「おいおい、佳奈じゃねぇか。久しぶりだなぁ」


「ど、どうも……」


「停学喰らってる間会えなくて寂しかったんだぜ? お前も寂しかったよな?」


「うん…………」


「良かった良かった! やっぱあたしたち親友だよなぁ! あっはっはっ!」


 牧野のバカ笑いとは裏腹に佳奈の表情はあまりにも悲痛な顔をしている。


 やがて、予鈴が鳴って教師がやってくると、牧野は悪い笑みを浮かべて自分の席へ着く。


 そして、昼休み。


「私先行くね!」


 そう短く伝えると、ネコの返答も待たずに佳奈は慌てて食堂へ向かう。


 ネコも急いで向かい、またいつも通り円香、縷々と共に食卓を囲む。


「佳奈さんの体調が良くなって安心しました。本当に心配していたんですよ?」


「う、うん……」


 佳奈は心ここにあらずといった様子で、しきりに人の流れを気にしている。


 そして、牧野たちを見つけると身をすくめて隠れようとする。だが、それも空しく彼女達に見つかってしまった


「あたしたちを置いていくなよ、佳奈」


 牧野がネコ達を見ると、鼻で笑いながら佳奈の手を引く。


「ちょっと!」


 いの一番に、縷々がそれを止めた。


「先約あるんだけど」 


 怒りを露わにした目つきで縷々は牧野を睨む。


 一触即発の空気が流れ、周りもそれに気づいたのかざわざわと騒ぎ始める。


「いいよ、縷々ちゃん」


 しかし、佳奈が立ち上がってこの空気を止める。


「だめ。あんたは座ってて」


「ホントにいいから、私、牧野さんたちとご飯食べてくるから」


 そう言って作り笑いを浮かべながら去っていく佳奈を縷々は止められなかった。


「……そろそろ何があったのか話してくれないかな」


「ネコさん?」


「前から気になってたんだ、隠している事があるって……それって牧野達と関係あるんじゃないの?」


「…………」


「話してよ……」


「あれは……私たちが入学したばっかりの頃なんだけど、その……私はあの牧野っていう連中に絡まれてて、私……口では強がってたけど、本当は怖くって、どうしようもなかった時に、佳奈が先生来てるよって叫んで。私の事を助けてくれた」


「私の時は、キサラギの令嬢だという事で、お金を強請ろうとしていた所を友人のフリをして割り込んで、手を引いてくださったんです」


「それが、前に言ってた助けてくれた事?」


「うん……でも、それが気に食わなかったみたいで、牧野達は今度は佳奈を狙いだして……」


 ぎり、と奥歯を噛みしめる。そして、二度深呼吸をしてから、縷々は続きを話した。


「教科書に落書きするとか、ご飯に顔を押し付けるとか……多分、私達が知らないだけでもっと酷いことやっていたと思う……」


「そんな……でも、そういうのって誰かが止めるものじゃ」


「誰も止めなかった……わ、私も……怖くて、佳奈は……佳奈は助けてくれたのに……」


「でも、今まで停学になってたのはどうして?」


「格納庫……」


「え?」


「ミーティア用の刀とか銃を置いてる格納庫から、佳奈が勝手に持ち出したの」


「そ、そんな事したら、佳奈が停学になっちゃうじゃないか!」


「うん……それで、先生に見つかって、学校中を逃げ回った挙句にあいつ、3階から飛び降りた」


「飛び……降り……」


「木に引っ掛かって、大した怪我じゃなかったみたいだけど、それで根掘り葉掘り聞かれた結果、牧野達のやった事が明るみになって一緒に停学。佳奈は先に解けたみたいだけど、それっきり学校に来てなかったらしいよ」


「そんな連中が佳奈を呼び出して何をするかなんて決まってるじゃないか!」


 たまらず、ネコは食堂を飛び出した。


 息を切らしながら、辺りを見渡し、耳をすまし、学校中を駆け回る。


「何がなんでも止めれば良かった!」


 その時、西棟の方から例の下品な笑い声がした。


 窓から見ると、ちょうど一階の渡り廊下を歩いている3人が見受けられる。


 しかし、佳奈の姿はない。


 西棟にいると踏んで、ネコは西棟へ走る。


「佳奈!? いる!?」


 大声で佳奈を呼びかけても、返事はない。


 しらみつぶしに、最上階である4階から走るも、その姿はない。


 ここにはいないのか……そう思いながら二階を去ろうとした時、微かにトイレの方からすすり泣く音を耳にする。


「佳奈?」


 近づきながら声をかけるが、返答はない。


 だが、トイレからすすり泣く声がして、そこに人がいるのは確かだった。


 意を決して中に踏み込んだ瞬間、からんとネコは何かを蹴飛ばした。


「ひっ……」


 おびえる声が中からする。佳奈のものだ。


「佳奈、ボクだ。ネコだよ」


「ネコくん……?」


「今からそっちに行くよ?」


「…………」


 返答はない。


 けれどもネコは足を踏み入れた。


 そこには、水浸しになってトイレの隅でうずくまる佳奈の姿があった。


「佳奈!!」


 ネコは思わず駆け寄った。


 だが、佳奈の傍にあった……さっき蹴飛ばした……それを見た時、身が竦んだ。


 それは、ハサミだった。


「ひっ、な、なんで……ハサミが……」


 震える身体に鞭打って、佳奈の傍に行く。


 よく見ると、佳奈の制服はズタズタに切り裂かれ、髪も無理矢理に切られていた。


「こ、これ、牧野達がやったの……?」


 佳奈はすすり泣いたまま答えない。


「佳奈、ねぇ、佳奈……」


 名前を呼ぶネコの声も次第に涙ぐんだものになっていく。


 どうして、あんな事を言ってしまったのか。


 弟を引き合いにしなければ、佳奈も学校に来なかった、そうすれば彼女はこんな目に遭わず済んだのに。


 そんな後悔で、ネコは胸を裂かれたような思いになり、泣き崩れそうになる。


 けれど……一番悲しいのは、一番苦しいのは、佳奈だ。


「ごめんね、ネコくん……折角お化粧してくれたのに、台無しにしちゃって、ごめんね……ごめんね……」


「化粧なんていいから……悪いのはボクだ……ボクが無理に学校に行かせようとしたから……」


 茫然と立ち尽くしていると、佳奈がふらふらと立ち上がる。


「私、かえるね……」


 消え入りそうな、か細い声でそう言った。


「あっ……」


 よたよたとおぼつかない足取りで歩く小さな背中へネコは手を伸ばすが、それを止める言葉が見つからなかった。


 それよりも。


「あいつらが、あいつらがやったんだな」


 ぎり、と歯を食いしばる。


 恐怖よりも怒りがネコの内を締めて、その手にはハサミを握る。


 ネコはまた校舎を駆ける。


 許さない。


 絶対に許さない。


 酷い顔をしているんだろう。到底、美しいとか可愛いとかと、かけ離れた顔をしているんだろう。


 それでも構わない。


 報いを受けさせる。


 またあの下品な笑い声を聞く。


 佳奈を泣かせて、あんなに笑えるなんて。


 フー、フーっと、息が荒くなる。


 その肩に、その首に、突き刺してやる。


 そう、足踏み出した瞬間、ぐいっとネコは後ろに引っ張られる。


「その辺にしておけ」


「義継!?」


 そのままネコを抱き抱えると、義継は再び西棟へと向かった。


「離せ! 離せよ!」


「いまそういう事をされると非常に困るんだ」


 彼を下ろすと、義継は飽くまでも冷徹に、淡々とした口調でネコを諭し始める。


「繰り返すぞ、いま連中にそういう場当たり的な事をされると非常に困るんだ」


「そんなの関係あるか! 佳奈が……佳奈が酷い事をされたんだよ!?」


「怒る気持ちも分かる。だけど、それでも今は連中に手を出せないんだ」


「どうして!?」


「今、この学校であいつらが何をしようと何もしていない事になる。だからお前が教師に何か言っても無駄だし、そのハサミで刺すなんて事をしてみろ。お前はこの学校に居られなくなるぞ」


「あっ……うっ……」


 ようやく、自分がハサミを無我夢中で握ったままだったことに気がついて、ネコはへたり込みながら慌てて放り投げた。


「そんな、そんなの……どうかしてる……異常だよ……!」


「どうかしてる? 異常? 笑わせる」


 そう言って、見下ろす義継の瞳はナイフの様に鋭く冷たくて、彼女はネコの耳元へ顔を寄せて囁く。 


「性別を偽り女装して女子校に潜入している。どうかしているのはどっちだ?」


「なっ……」


「今起きてるのはどの学校でもありふれた事で、それに比べたら今のお前の方が異常なんだよ」


 ネコを知る誰もが、この姿を受け入れてくれた。 


 しかし、本来それは多くの者にとっては受け入れ難いことだ。


 理解していたのに、心地良さが忘れさせた。


 ネコの瞳が潤む。


「じゃあどうすればいいんだよ……どうすれば、佳奈を守れるんだよ……」


「なぁ、佳奈は結局のところ他人じゃないか。お前がそこまで気に病む必要はない。お前にそこまでする義務はないんだ」


「違う……! 佳奈は……佳奈は……」


「他人だよ。血が繋がっていようと、心が通っていようと……所詮自分以外の人間は他人なんだ」


 機械のように淡々と紡がれていく言葉でついにネコは決壊して涙を流す。


 それ見て、義継はふぅーっと長いため息を吐きながら、その隣に座る。


「そこまで好きなんだな」


 ばつの悪そうな顔で鼻の先を掻く。


「まぁ、しょーじき私だってそうだ。女なのに女が好きで、いつも色目使って耳障りの良い言葉で口説いてる。LGBTがなんだと言ったって、どうかしてるのはどうかしてる」


 ぶっきらぼうに、なげやりに、けれど、初めてネコは感情の籠った言葉を義継の口から聞いた気がした。


「なぁ、どうかしてる奴同士で協力しないか」


「協力?」


「お前は道化。私は裏方。上手くやれば佳奈を守れるし、連中が好き勝手できるこのふざけた状況をぶっ壊せる」


「……佳奈を守れるなら……助けられるなら、なんだってやる」


「同盟成立。ってことで握手」


 そういって、義継は左手を差し出した。


 ネコも涙を拭ってその手を握る。そうしたら、義継は立ち上がりながら手を引いて、ネコを立たせる。


「なんだか、始めて義継が頼もしくみえるね」


「私はいつだって頼もしい王子様さ」

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