第10話「6月。暗雲立ち込める季節」
連休も明けた火曜日。
6月に差し掛かって制服も夏服が解禁される。
カミツレの夏服はカーディガンを外してブラウスのみになると共にスカートをハイウェストではないものを履いていいというもので、食堂はまばらに夏服に着替えた者が見受けられる。
佳奈は既に上下ともに夏服へ着替えていて、対するネコはカーディガンを脱ぎつつも、ボトムスのみをハイウェストスカートにしていた。
そして、今日もいつもの4人は食堂で談笑している。
普段は佳奈が喋り続けているが、今日は連休の間ひとりだった縷々が喋り通しだ。
「3章終わらせたんだけど、思わず泣いたわ。なんで佳奈があの子を推しに設定しているか分かった気がするもの。てっきり胸がデカいから推してるもんだと思ってた」
「いやまぁ、やっぱり胸がデカいのも理由なんだけどね。あと安産型なのも良いよね。ぐへへへ」
「笑い方がキモいのよ、変態」
「辛辣ぅ! もっと言って!」
「コイツ無敵?」
佳奈と縷々はいつの間にかより親密な仲になっていて、ひとつの漫才めいたやりとりを繰り広げるようになっていた。
そんな直後、食堂が騒がしくなりはじめる。
出入口の辺りになにやら人だかりができあがっていて、ネコ達もそちらに目線が移っていく。
少女たちの人垣の中で、ひと際目立つ高い身長とパーマで巻いた金髪。
「あぁ、忠人ママだね」
佳奈がつぶやく。
「知っているんですの?」
「ちょっとした有名人だよ。あのオネエキャラと高い身長にイケメンだからそりゃもうモテモテ、しかもスクールカウンセラーまでやってるんだもの。カウンセリングの予約もだいぶ先まで埋まってるし」
「な、なるほど……」
縷々は興味なさげにしていて、対照的に円香は遠巻きに忠人を眺めている。
「あれが忠人さん……」
円香の眼差しが、熱を帯びたものへと変わる。
それを見てにやけた佳奈が茶化す。
「忠人ママは競争率高いよ~」
「なっ、べ、別にそんなんじゃありません!」
顔を真っ赤にして反論する円香を見て、3人はつい笑ってしまう。
やはり、いつもの風景だ。
だが――。
「ああいうので騒げる辺り、この学校も平和だよねぇ」
ネコがその一言を発した途端、3人の顔から笑みは失せていく。
そのあからさまな反応に、さしものネコも驚いた。
「ど、どうしたの?」
「いや、なんでもないよ。なんでも……」
あまりに重たい雰囲気に、言葉を飲み込んだ。
「――という事があったんだ」
人気のない西棟で、ネコは義継を呼び出して食堂であった事を話した。
「人が寄り集まっている場所で平和な方が不自然というものさ」
「けど……」
頭を悩ませるネコを見て義継はいつもの薄ら笑いを浮かべる。
「愚痴なら私よりそのスクールカウンセラーに話したほうがいいんじゃないか?」
「でも予約がいっぱいって」
「取るだけ取ってみろ。じゃあな」
そういって、義継は去ろうとして、顔をしかめながらその背中へネコは問いかける。
「義継なら何か知ってるんじゃないの?」
だが、義継は振り返ることもしないで、ぶっきらぼうに答えた。
「本人達が隠してる事を明け透けに誰かへ話すものではないさ」
腑に落ちないまま、ネコはその足でカウンセリング室へと行く。
すると、どういう訳か全ての予約よりも優先してネコとのカウンセリングを行うという。
授業を休んでネコはカウンセリング室に向かうと、研究棟で初めて出会った時の恰好で忠人が待っていた。
「いらっしゃい、ネコちゃん。ほら、こっちよ」
そういって、ネコを談話室へと通す。
「えっと、その……」
「ま・ず・は、お茶にしましょ。紅茶にする? コーヒーにする?」
「じゃあ、紅茶で……」
「オッケー☆ 角砂糖は何個入れる?」
「それじゃあ、二つお願いします」
「甘党なのね! アタシもよ!」
そうして、温かい紅茶が出される。
身体がみるみるうち暖まっていくのを感じて、それは少しの安堵を与えた。
「実はね、理事長から事情は全部聞いたわ。それであなたのメンタルケアも任されたの」
「なるほど、だから予約を優先して貰えたんですね」
「そういう事。それじゃあお話しましょ。まずは……そうね、この学校に来てからのことにしましょうか」
そうして、ネコは言われた通りこの学校に来てからのことを話す。
佳奈とアクシデントで共同生活をするようになったこと、失敗の多い彼女を度々助けたこと、そして、彼女に多くの事を知ってもらい、同時に彼女の事も知ったこと。
「だから、何かを隠している事が不安で……」
底に溜まった砂糖を見て、ネコは一息にそう言った。
「なるほどね、あなたの悩みはもっともだわ」
忠人は2、3秒をうなってからまた言葉を紡ぐ。
「あなた達4人がとてもいい子なの、あなたの話でよくわかったわ。そう、みんな優しい子なのよ」
「やさしい?」
「えぇ。お互いがお互いに助けようと考えていて、それと同時に誰にも心配をかけたくない。そう考えているんじゃないかしら?」
「だから、ボクには隠している?」
「その通り! だから、いつかあなたにも話してくれる時が来るわ。その時まで、あなたは待っていてあげて、ね?」
「待つ……それぐらいなら……」
その時、ちょうど予鈴が鳴る。
「あら、時間ね。また相談したくなったらいらっしゃいな」
「はい!」
そういって、ネコはカウンセリング室を飛び出し、クラスへと駆け戻っていった。
誰もいなくなった談話室で、忠人が暗い顔をしているのも知らずに。
「必ず戻ってくるのよね。あの子達は……」
暗雲は、既にすぐ傍まで立ち込めていた。
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