第15話 夜の公園
「やっほ……?」
時刻は20時50分。春斗のバイトが終わる10分前。
ミルクティー色の綺麗な髪。透き通った桜色の瞳。色白で小柄な体の綾は、どこかで買い物をしてきたのだろうか、オシャレな紙袋を持ってレジに立つ春斗に声をかけていた。
普段と比べると、少し遠慮がちで——。
「うん……。そこで恥ずかしそうにされるとこっちも反応に困るんだけど」
「っ、これでも頑張ったと! って、その話は絶対蒸し返すところじゃないやろ!?」
「あ、あはは。ごめんごめん」
お互い忘れてはいない。いや、忘れられることではない。
春斗は綾から好意を寄せられている、と。
綾は春斗に好意を寄せていることがバレている、と。
あの恋愛相談をしたせいで奇妙な関係になっているのだ。
「えっと、なにかドリンク注文する? 今なら俺が作るよ」
「う、うん。じゃあ……アーモンドラテのホットのおっきいので」
「了解。アーモンドラテのホットで大きいサイズね」
「あ、イラストとメッセージも書かんとよ……?」
「ねえ……。いつものグイグイで来てくれないと本当意識しちゃうから、俺も」
「意識せん方が無理やもんっ……!!」
白い肌を持っているせいで、赤面した顔を目立たせている綾。
それでも『いつも通り』を意識して頑張っている彼女だ。
ゲーム中、『もう顔が真っ赤たい……。次からもう春斗さんと顔を合わせれんばい……』
なんてギブアップの声を漏らしていたほどなのだから。
「逆の立場だったら春斗さんも絶対こうなるったい……。絶対!」
「それはどうかなぁ」
と、余裕のある返事をする春斗は、背中を向けて注文されたドリンクの準備を始める。
まずは要求されたイラストとメッセージから。
『ハイシーお疲れ様。次もファイトDA!』
誰に見られてもいいように『配信』とは書かず。そして、次にイラスト。
一生懸命、ハムスター(とは似ても似つかない)を描く。
これであとはアーモンドラテを作るだけ。
「あ、白雪さん。言うの忘れてたんだけど、お金の方は大丈夫だよ。わざわざ休みの日に顔を出しに来てくれたから俺に奢らせてほしい」
「そんなに気を遣わんでよ! 春斗さんは妹さんのこともあるやろうけん大丈夫よ!」
「あれ、なんかいきなり声が聞こえなくなったな……」
「うわ、下手な演技……」
「なんのことかわからないけど、ただ俺が奢りたいだけだよ」
軽くいなした春斗は、入金を忘れないように手の平に510円と書いて会計を終わらせる。
この代金がまだレジに入っていないため、ワンドリンク分の差額が出ているが、レジ締めまでにお金を入れさえすればなにも問題のない話。
「じゃ、すぐに作るから待っててね」
「もー……。強引!」
「あはは」
「で、でも、ありがとう……」
「どういたしまして」
そうして、ドリンクを作っていく春斗を尻目に見る綾は……少しして呟くのだ。
「春斗さんの妹さんが羨ましいばい……」
甘えられる存在。優しい兄や優しい姉がほしかった一人っ子の綾なのだ。
こうしたやり取りは、彼女にとって貴重なものだった。
∮ ∮ ∮ ∮
「いやぁ、なんだか今でも驚きで実感がないよ。白雪さんがあのAyayaさんだったなんて」
「それを言うならうちもよ。偶然にしては出来過ぎやもん」
バイトを終えた21時過ぎ。
春斗と綾は近場にある公園のベンチに座り、雑談に花を咲かせていた。
「今だから聞くっちゃけど、うちがAyayaだって気づかんかったと? 鬼ちゃん……じゃなくって春斗さんは」
「全然気づかなかったよ。Ayayaさんが大学生だったなんて思ってなかったし、方言もあるから別の地方に住んでるって先入観もあって。呼び方も『綾さん』じゃなくて白雪さんだし」
「ふふ、あーね!」
声は確かに似ていたが、それだけで判断できる春斗ではなかった。
煽りという配信スタイルを続けている分、配信者とは大きな絡みもなかったのだから。
「でも、考えることは一緒! うちも鬼ちゃんがこんなに若い人だとは思ってなかったばい。見た目的に20代やろう?」
「20歳だよ」
「えっ!? じゃあうちと二つしか変わらんと!?」
「うん。そうなるね」
「な、なんでそんな大人っぽいとね」
「あははっ、そんなことを聞かれてもなあ」
『大人っぽい』に憧れがあるのだろうか、険しい顔をしてアドバイスを求めてくるように覗き込んでくる綾。
綺麗な顔を近づけられ、顔と顔の距離をさりげなく離す春斗はそれとなく伝えるのだ。
「やっぱり家庭環境かも。白雪さんも知ってると思うけど、今は妹と二人で暮らしだから」
「ぁ、この話はなし!」
「別に大丈夫だよ。両親が亡くなったことはもう割り切れてるから」
「そう?」
「うん。って、綾さんは上京してきたから今は一人暮らし……?」
「そう。もうばり大変よ……。一人で生活するようになって親の偉大さがわかったっちゃん」
「それは俺もわかるなぁ。本当に尊敬でいっぱいだよ。生活費を稼いできてくれて、家事もして、子どもの面倒も見て」
「疲れてるはずなのに、疲れた姿はめったに見せんよね!?」
「それそれ!」
両親を亡くしている春斗と、大学に通うために両親と離れた綾。
二人の環境は全くもって違うが、感じることは同じこと。
暫く互いの家庭の話で盛り上がり、気づけば20分も経っていた。
「っと、この話はまだ後日ってことで、そろそろ本題に移ろっか?」
「うんっ! プライベートのことはまた今度で!」
一人暮らしの綾を遅い時間に返すわけにもいかない。そんな気持ちをあって本題を促せば、素直に頷いてくれる。
「それで、その本題って言うのは? 今日の件の話だろうけど、一応はお互い炎上することはなかったし」
「むむっ!」
「え?」
擬音語を声に出す彼女を見れば、大きな瞳をジト目に変えていた。
「春斗さんは炎上しちょるやろー?」
「俺の中じゃ炎上とは言わない。もう慣れたし」
「ふふ、一般的には炎上やんっ」
当然のことを返す綾は、声色を変えた言葉を続けるのだ。手に持ったオシャレな紙袋をこちらに渡しながら。
「春斗さん。今日は本当ありがと」
「えっ? いや、え? なんでお礼? って、なにこれ」
「マカロンと、クッキーと、バームクーヘンの洋菓子ばい。妹さんと食べるとよ?」
「ど、どうしてまた……。しかもこれブランドの商品だし……」
詳しく中を見れてはいないが、10000円相当の品だろう。
普段から購入するものでもないために、慎重に膝の上に乗せて首を傾げる春斗である。
「逆にわからんと……? お礼をされる理由」
「だってお礼をされるようなことはなにもしてなくない? むしろ今回のことを謝る立場だよ、俺は」
「そげなことなかよ……」
「ん?」
夜風が吹き、綾はここで立ち上がる。
一歩、二歩と小さく歩いて振り返るのだ。
「あの時……。炎上するかもってやり取りをした時、春斗さん言ってくれたやろ? 『白雪さんのことは絶対に守るから大丈夫だよ』って」
「あ、あはは……。それのことかぁ……。でもあれは俺の責任だしさ」
「ううん! うちがVCで話しかけてしまったけん、全部の責任が鬼ちゃんにあるわけじゃないったい」
綾は今回のお礼をするに至り、しっかりと考えをまとめてきている。
10000円という大きなお金を出したのは、それほどに大きな恩を感じているということ。
「春斗さんって配信で稼いだお金で妹さんの学費を補おうとしちょるやろう……? それなのにうちを守ってくれようとして……。それは誰にでもできることじゃなかよ」
「いやぁ、そうとは言えないよ。俺の配信スタイルなら復帰できる可能性はいくらでもあるし、配信ができなくなっても死ぬ気で働けばなんとなるレベルだから」
照れ隠しするように反論する春斗だが、綾はちゃんとわかっている。
簡単に口にしたことは、そう簡単に出来ることじゃないことを。
「じゃあ、うちを守ってくれたことは?」
「……」
「春斗さんは察してくれてもいたけん、あのように守ってくれたやろう……? うちが配信のお金で生活して、配信のお金で大学に行っちょること」
「黙秘」
「ふーん。ならうちが一人で話そーっと」
防御に転じる春斗を他所に、綾は喋り足りないように口を動かすのだ。
「えっと、妹さんのことはうちなにも知らんっちゃけど、きっと妹さんも春斗さんのこと好いとーと思う!!」
「ちょ、待って。なんで白雪さんの中で俺が妹のことを好きって設定になってるの……? 別に俺は……」
「その知らんぷりは効かんよ? 『Oimo_daisuki』ってIDの意味は知っちょるし」
「あ、あれは『daisukiyo』だって……。ニュアンス的には冗談っぽく言ってる感じなんだから」
「へえー?」
「……そんな目で見ないでよ」
ニヤニヤが溢れる様子で見られ、思わず目を逸らす春斗。
からかわれる空気が漂うが、SNSでも攻撃されていることを知っている綾である。
「まあ、このくらいにしてあげる」
と、これ以上は攻めることなく、最後に今日の気持ちを伝えるのだ。
「ね、春斗さん」
「うん?」
「うち、今回のことばり嬉しかったよ。春斗さんのこと、やっぱりカッコいいって思ったっちゃん」
「……」
「だから春斗さんを見習って、うちもいざということには誰かを守れるような人になろうって……なろうって……」
「……」
無言。
「…………」
「…………」
さらに長い無言が続き、綾は口を滑らせたことに気づくのだ。
プルプルと体を震えさせ、顔を真っ赤に変化させ、身振り手振り大きくしながら『わー!!』と早口になるのだ。
「え、えっと、ご、誤解せんでよ!! こ、これは告白じゃないけんね!? うちがそう思っただけやけんね!? こ、告白するならまず妹さんと顔を合わせたいと思っちょるし!!」
「もちろん誤解してないし、それよりも一番締まらない終わり方になってるって……」
「そ、そげな意地悪言わんでよっ!」
夜の公園。お互い恥ずかしさに包まれながら、カップルのような会話を繰り広げる二人だった。
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