聖王都・防衛線
すでに寿太郎たち3人は屋敷を飛び出していた。
逃げ惑う人々とは逆の方向に走りながら、ラクノーツ広場を目指す。建っている建物の高さはさして高くないので、その向こう側に、暴れる巨大な像の頭が見える。
巨大な剣を振り上げ――
振り下ろす。
ごおん! という音が遠くから聞こえた。地を震わす、かすかな震動すら感じる。
「あーあ、我らの愛するラクノーツ広場の英雄像がねえ」
キールがぼやく。
「よりにもよって、それに取り憑かなくてもいいでしょ的なね。あれを破壊するのは気が滅入るね」
「あんたらの気が乗らないなら、俺に任せればいい」
寿太郎が口を開く。
「俺は、あんたらの『歴史』を知らない部外者だからな。なんでもぶった斬ってやろう」
「歴史――哲学を知るという話は関係ない。それを知ることは優先順位を知ることだ」
淡々とクインテは言って、付け加えた。
「狂った英雄像にいかほどの価値があるだろう。破壊をためらうつもりなどない」
そのときだった。
突然、黄金の鎖が伸びてきて暴れる英雄像を絡め取った。
英雄像は鎖を引きちぎろうと暴れるが、鎖がそうはさせない。
「ありがたい。聖王様の術だ」
「……もう動けないのか?」
寿太郎の問いにクインテは首を振った。
「いや、いずれ術は解ける。あまり時間はない。それまでに倒さないと」
広場が近づくにつれて、だんだんと危険度が増してきた。
英雄像を真っ黒に染め上げて、そのまま普通の人間サイズにまで縮めたような連中が街角で暴れていた。持っていた剣を振り回して、逃げ惑う人々を追いかけている。
穢れなのは明白。
「邪魔だ!」
クインテが斬る。
寿太郎も別の個体を刀で一閃した。
たいして強くないようで、一撃を喰らうと消えてなくなった。聖王都の騎士たちも――こちらは寿太郎たちほど強くないので苦労しながら、国民を守るために奮戦している。
「こりゃ、なかなかの数だね」
キールが双剣でミニ英雄像を斬り捨てながら口を開く。
「やっぱ厄災級かな?」
「そうだろう」
「こりゃ騎士だけじゃ手に負えないね。助けが必要だ。自分が回るけど、2人で大丈夫?」
「それしかないな」
「待て」
寿太郎が割り込んだ。
「騎士たちが応戦しているんだ。被害は最小限で食い止められている。3人がかりで、あの大物を倒したほうが効率がいいだろ?」
「それも一理あるけどね、ダメなんだよ」
キールが困ったような口調で答える。
「僕たちの――貴族たちの義務は国民の命と生活を守ることだ。己の安全は二の次なのさ。それが貴族の義務、ノブレス・オブリージュなんだ。もちろん、多くの貴族はそんなことを守ったりしないんだけど――特務機関ミルシスは、その思想を色濃く残した組織なんだ」
「それはミルシスの設立時の誓いによるもので、当時の聖王様とミルシスの創設者が決められたのだ。前に話した通りだ! いつ思い出しても胸が熱くなるな!」
うんうんとクインテが話を付け足す。
寿太郎はクインテの長話を覚えてはいなかったので、特に胸は熱くならなかったが。
なので、こう言った。
「理解は難しいな」
寿太郎にとって敵の攻略は全てにおいて最優先だった。
そして、それは正しいと思っていた。
敵を倒すことが目的なのだから、当然のことだ。
それ以外の犠牲など毛ほども気にしない。そうやって、多くの仲間の死を見送ってきた。たったひとつの勝利のために。
そういう世界で生きてきた。
そこまで突き詰めても――死んでしまう世界だったから。
国民を守るため?
それにどれほどの意味があるのだろうか。
「二人で倒せるのか、あのデカブツを?」
「倒せるかではない、倒すのだ。困る人々を助け、敵も討ち果たす。全てを成し遂げてこそのミルシスだ」
甘い夢のような話にしか思えなかったが――
固い決心に燃えるクインテの真剣な目は嫌いではなかった。
本気で信じているのだろう、それを成し遂げようと。
そんな本気の目を、寿太郎は信じることにしている。
「そうか、せめて尊重はするさ。俺の目標は何も変わらないしな。俺がひとりであろうと、あいつを倒すだけだ。あんたらの指示に従う」
キールが、ぽんと寿太郎の肩を叩いた。
「ありがとう、ジュタロー。自分がいなくても喧嘩するんじゃないぞ、二人とも」
そう言って、キールは悲鳴の響く街へと姿を消した。
残ったのは、寿太郎とクインテのみ。
「行くぞ、無駄にしている時間はない」
駆け出したクインテの後を、寿太郎は黙して追いかけた。
やがて、ラクノーツ広場にたどり着く。
そこには黄金の鎖に動きを封じられた巨大な英雄像――だけではなかった。その足元には大量のミニ英雄像たちがいた。
英雄像の巨大な影が、ぼこりぼこりと盛り上がって、そこからミニ英雄像が生まれている。
そして――
あちこちに血を流した市民や騎士たちが倒れていた。
もう、動かなくなった人たちが。
「この聖王都で、これほどのことを! よくも!」
クインテが咆哮する。
収めていた剣の柄に手を掛ける。
引き抜くと同時、
「我に力を貸せ、聖剣エクスカリバー!」
叫ぶ。
その瞬間、クインテの身体が輝きに包まれた。輝きが消えると、さっきまで貴族服を着ていたクインテの身体は鎧に包まれていた。
寿太郎が問う。
「……それは?」
「我々が持っている剣は普通のものとは違う。神より下賜された聖なる剣だ。その力を解放すると、こういうふうになるのだ」
「便利なもんだ」
「お前の武器に特別な力はないのか?」
「ないね」
特別な力どころか、エクスカリバーなんてたいそうな名前すらも。
こいつは、ただの無銘。
だが、何も問題ない。
寿太郎は刀を引き抜いた。
「俺にはこいつで充分だ。不満はないよ」
そして、戦いが始まった。
突進してくるミニ英雄像たちを切り払いながら、寿太郎たちは鎖に縛られた巨大な英雄像に近づいていく。
「あまり時間がない、急ぐぞ!」
金色の鎖のいくつかは千切れている。クインテの言葉の通り、もうすぐ英雄像は自由に動き出すだろう。
それまでに、勝負を決するのだ!
「わかりやすくていいな、それは!」
寿太郎はミニ英雄像を切り捨てながら、一気に戦場を駆け抜けた。
それは己が傷つくことすら厭わない無鉄砲な突撃だった。鎧を着ていない人間のものとは思えない突っ走り。
あっという間に寿太郎は英雄像の下へとたどり着いた。
「うおおおおおおおおおおお!」
雄叫びとともに、寿太郎の刀に青い輝きが灯った。
それは青い炎となって燃え上がる。
その、石化した巨木を思わせるような太い足目掛けて、寿太郎は刀を振り折した。
すれ違いざまの一閃。
がき!
鈍い音ともに、手に残ったのは鈍い感覚だった。
(――!?)
鉄の剣すら切り捨てる技を持つ寿太郎が、滅多に感じない手応えだった。
振り返ると、確かに無傷ではなかったが――細い傷がすっと走っているだけだった。
(馬鹿な、俺の攻撃が!?)
おまけに、青の力をも解放したのだ。
その攻撃が通じなかった怪異など今までいなかった。
「次は、私だ!」
クインテがたどり着いた。
聖剣には光の輝きが満ちている。
「おおおおおおおおおおおおお!」
咆哮と同時、聖剣を巨像の足元に叩きつけた。
空気を揺らすような爆発音と閃光が、束の間、夜を弾き飛ばす。
……夜が戻ったとき、そこには何も変わらない光景が広がっていた。
ダメージ、ゼロ。
「馬鹿な!? 聖剣の一撃が!?」
「動け、クインテ! 距離を取れ!」
寿太郎の助言は、しかし、間に合わなかった。
英雄像が足を前に動かしたのだ。鎖で縛られている以上、たいした動きではなかったが、その大きさと大質量はとんでもない破壊力を持っていた。
「うおおおおお!?」
蹴っ飛ばされたクインテは、後方へとすっ飛び地面を転がる。
「くっは!?」
鎧のおかげでダメージは軽減できたのだろうが、なかなかダメージは深刻なようで顔をしかめている。
ギギ、ギ、ギ……。
重い音が響いた。無理矢理、英雄像が動こうとしている。
ビキ、ビキ、と鎖の砕ける音が聞こえる。
ギン!
一際大きな音がして、英雄像を絡め取っていた黄金の鎖が全て砕け散った。
まるで粉雪のように舞い散る黄金のかけらを周囲に侍らせ、英雄像が叫ぶ。
「グオオオオオオオオオオオオオオ!」
自由になったことを喜ぶ声であり――
今まで抑えられていた破壊衝動を解き放てる快感に酔ったかのような声だ。
「攻撃が効かない……どうすれば、いい――」
クインテの吐き出すような声が聞こえた。
その答えを、寿太郎は知っている。
寿太郎の剣が青い炎を灯した。
再び巨像の足元へ走り込み、
「おおおおお!」
刃を叩き込む。
さっきと同じ、まるでかさぶたをはいだかのような浅い傷だけだった。
そう、それでいい――
寿太郎の口元が緩む。
「傷はついている。なら、効いていないわけじゃない」
亀の歩みであろうと、前には進んでいる。
殺すと決めたのだから、倒すと決めたのだから。退く選択はない。この敗北の後には何もないのだから。勝ち残る以外の未来はない。
「削り殺してやるよ、デカブツ。覚悟しろよ」
はるか下方に立つ寿太郎を、自由になった英雄像がじっと見下ろす。
その顔は無表情なはずなのに、残忍何かを感じさせる雰囲気を漂わせていた。
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