第9話
僕の名前はアイザック・ヘンダーソン。ヘンダーソン公爵家の庶子だ。
お父様が使用人との間に作った子供、それが僕だった。
庶子なのにお父様に瓜二つで、代々ヘンダーン公爵となる人が持つ赤い瞳を受け継いでいた。
この赤い瞳には人の感情を読み取る力がある。
といっても何を考えているかわかると言ったようなものではなく、相手が喜んでいる・悲しんでいる・嘘をついている、というのがなんとなくわかる程度だ。
公爵の証とも言えるものを受け継いでしまったせいで、僕はお継母様とお義兄様に酷くいじめられた。
本当のお母様は既に亡くなり、お父様は僕を跡継ぎにと考えているようだけど、特に僕を愛する素振りはない。その中途半端な態度が、お継母様とお義兄様の僕に対する嫌がらせを余計にエスカレートさせた。
ご飯を貰えなかったりするのはしょっちゅうで、物置に閉じ込められたり、ちょっと気に入らないことがあれば鞭で打たれたり・・・
2人から憎悪の感情を向けられる度に僕は震え上がった。
そしてその日も些細なことでお叱りを受け、鞭で手を何度も打たれた。それでも教会に行くと言う家族に付き添わねばならず、一緒に教会へとやってきた。
痛む手を押さえながら、3人が座る貴賓席とは別の場所へと向かう。そこは貴族の付き添いで来た使用人たちが参列する場所だった。
僕は手の痛みのせいか意識が朦朧として立っていることが辛くなり、バレた叱られるかもしれないと思いつつもその場を離れた。
ここがどこだかも分からず休める場所を探してフラフラと歩いていたが、ついには歩くことも辛くなり倒れてしまった。
(もう動きたくない・・・いっそこのまま死んじゃえたらいいのに・・・)
そんなことを考えていた時、頭上から声がかかった。
「おい、大丈夫か?」
頭を僅かに動かして見上げてみると、深く被ったローブから、心配そうな水色の瞳が僕を覗き込んでいた。多分、お義兄様と同じくらいの歳だろうか。
「酷いな・・・そうだ神官に治療を・・・」
僕の体の傷を見て神官を呼ぼうとする青年のローブを掴む。
「ダメ・・・お継母様とお義兄様に怒られる・・・」
「怒られる?治療で・・・?」
怪訝そうな声を出す青年にコクンと頷く。2人には罰のことを周りにバラしたらもっと酷い目に合わせると脅されている。
「わかった。神官には見せないよ。でもせめて傷口は綺麗にしておこう。」
そう言った青年は何やら魔法を唱えて僕の体を綺麗にしてくれる。体を包み込む魔力が心地よくて、先ほどまでの気分の悪さもだいぶ落ち着いてきた。
「ハンカチ・・・は持ってないな。これでいいか。」
青年はまだ血が流れていた僕の腕にタイを巻きつけてくれる。
「いい、です。汚れちゃ・・・」
「お前にやるから気にするな。」
ぶっきらぼうに言い放った青年を不思議に思って見上げる。貴族にしては随分乱暴な言葉遣いで、着ているローブから除くシャツは安物のようだった。
青年は左手で僕の体を支え、庭に連れ出してくれた。
「誰かと一緒に来たんだろう?そいつに頼れないのか?」
「・・・・・・みんな、僕のこときらいだから。」
「そうか・・・この傷もそいつらにやられたのか?」
「・・・・・・・・・・・・」
「はぁ、俺の両親も大概だと思ったが、上には上がいるもんだな。いや・・・下か?」
瞳の力から、青年が憤っているような、寂しそうな、複雑な感情を抱いているのがわかる。
(この人も家で僕と似たような扱いを受けているのかな・・・?)
青年を見ても全てを隠すように被ったローブのせいで表情がよくわからない。
(顔を、見てみたいな・・・)
そう思って覗き込もうとしたらグゥーっというお腹の音が響いた。
「あっ・・・」
「腹減ってるのか。」
恥ずかしさで俯きつつ青年の言葉に頷く。そういえば昨日から水しか口にしていない。
「少し軽めのものでも食べに行くか?」
「え?いいの・・・?」
「俺もあんまり金ないし、屋台程度だけどな。」
僕はその青年の好意に甘えて、教会を抜け出してパン屋へと入った。いけないことをしているのに何故かワクワクしてしまっている自分がいる。
「ほら、食えよ。」
「あ、ありがとう。」
手渡されたパンは白くてふかふかだった。こんな美味しいパンは食べたことがない。
必死に齧り付いていると、青年の方から柔らかな雰囲気を感じ取れた。
(あ・・・この雰囲気、好きかも・・・)
僕はその心地よさをもっと感じたくて、青年にピトッとくっつくようにパンを食べた。
でも楽しい時間は続かないもので、青年が時計を見て慌て出す。
「まずい、早く戻らないと家族に抜け出してたことがバレる。」
青年の方にも何か事情があるのだろう。僕も戻る必要はあるが、別れが近づいてきたことを残念に感じる。そうして、青年の手に引っ張られる形で後をついて行く。
「よし、ここまで来ればもう戻れるか?」
教会に到着し、離れてしまった青年の手を名残惜しく思いながら見つめた。
「うん。あ、あの。今日はありがとう。」
「気にするな。・・・なんか共通のものを感じて放って置けなかったし。」
やっぱり青年も似た境遇にいるのだろうか。その言葉に勇気をもらって、僕はまとまらないまま話し出した。
「あのね、僕ザックっていうの。」
正式にはアイザック・ヘンダーソンだが、その名を名乗ることは許されず、皆からはザックと呼ばれていた。
「へぇ、格好いい名前だな。」
「毎週日の日にここに来るの。」
「そうか。俺は第二と第四だけだ。」
毎週は会えないのか。そうがっかりして少年のローブの裾を掴む。
「また会える?」
それでも、またこの人に会いたい。
「ああ、教会に来た日は庭でサボる予定だ。俺なんかに会いたいってなら、そこに来れば会えるだろ。」
「わかった。」
自分を卑下するようなセリフが気になったが、僕は約束を取り付けた事に満足してその場を後にした。
(あっ、名前・・・)
そういえば、青年の名前を聞いていなかった。
そのことを後悔しつつ先程巻きつけてくれたタイを名残惜しく思って触る。
「ん?」
よく見るとそこには何やら紋章のような刺繍が施されていた。
(家紋かな・・・?)
僕は家族と合流する前に、そのタイを外して丁寧にポケットへとしまった。お継母様とお義兄様に見つかったら、僕に親切にしてくれたあの人に迷惑がかかるかもしれない。
(それに、また2週間後には会える・・・)
そう考えると自然と明るい気持ちになれた。
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