第8話

3人は前方の席へ、俺は2階後方の席に座るのがいつもの習慣だ。


だが俺は2階へは行かなかった。



(こんな神に祈ったところでな・・・)


そう思って人気のない渡り廊下を歩く。1時間くらいかかるだろうからどこかで時間を潰そう。そう思ってフラフラしていたのだが・・・


目の前からボロい服を着た子供が歩いてくる。


(ここは貴族しか立ち入らないエリアのはずなのに、なんでこんな子供が・・・?)


そう考えながらすれ違おうとしたら、その子供が倒れた。




「おい、大丈夫か?」


駆け寄ってみると、その子供は酷く痩せ細っていて、あちこちに鞭で打たれたような傷がある。


「酷いな・・・そうだ神官に治療を・・・」


するとその子供が俺のローブの裾を掴む。


「ダメ・・・お継母様とお義兄様に怒られる・・・」


「怒られる?治療で・・・?」


コクンと頷いた少年に、何か事情があるのだろう。俺は片手でどうにか少年を支えて自分の膝の上に乗せた。


「わかった。神官には見せないよ。でもせめて傷口は綺麗にしておこう。」


俺はいつも風呂代わりに自分にかけている体を清潔にする魔法を少年にかけた。これで一応細菌などの心配はないはずだが、特に腕の傷が酷くてまだ血が滲んでいる。


「ハンカチ・・・は持ってないな。これでいいか。」


俺はカインが結んでくれたタイを外して少年の腕に巻きつけた。雑な応急処置だがないよりマシだろう。


「いい、です。汚れちゃ・・・」


「お前にやるから気にするな。」


そうして教会の庭のようなところで少年を休ませた。少年は怪我のせいで熱を出していたようだ。辛くなって抜け出して来たらしい。


「誰かと一緒に来たんだろう?そいつに頼れないのか?」


「・・・・・・みんな、僕のこときらいだから。」


「そうか・・・この傷もそいつらにやられたのか?」


「・・・・・・・・・・・・」


少年は無言だがそれはつまりイエスという事だろう。


「はぁ、俺の両親も大概だと思ったが、上には上がいるもんだな。いや・・・下か?」


「?」


少年は何のことか分からないといった風に頭にはてなを浮かべている。するとグゥーっというお腹の音が響いた。


「あっ・・・」


「腹減ってるのか。」


少年は恥ずかしそうにもじもじしながら頷いた。教会の時計を見上げればまだ30分ほど時間がある。


「少し軽めのものでも食べに行くか?」


ここは街の中心なので、門を出ればすぐ繁華街だ。


「え?いいの・・・?」


「俺もあんまり金ないし、屋台程度だけどな。」



家の残りの費用も考えると残額は雀の涙程度だ。それでも数回屋台で買い物するくらいの金はあるだろう。そうして、俺は少年と教会を抜け出した。


近くにパン屋があったので、そこで2人分のパンを買う事にする。少年が焼きたてのパンを見てゴクリと唾を鳴らしたので、これが食べたいのだろうと思ったからだ。


「ほら、食えよ。」


「あ、ありがとう。」


少年はよほどお腹が空いていたようで、必死にパンにかぶりついている。その様子に妙な満足感を得た。もっとも、俺もも今日は何も食べていなかったらものすごく美味く感じる。


そうこうしてのんびりパンを食べていたらあっという間に礼拝が終わる時間になってしまった。


「まずい、早く戻らないと家族に抜け出してたことがバレる。」


俺は少年が食べ終わったのを確認して、少年の手を引いて慌てて教会に戻った。




「よし、ここまで来ればもう戻れるか?」


「うん。あ、あの。今日はありがとう。」


「気にするな。・・・なんか共通のものを感じて放って置けなかったし。」


「あのね、僕ザックっていうの。」 


「へぇ、格好いい名前だな。」


「毎週日曜にここに来るの。」


「そうか。俺は第二と第四だけだ。」


そう言うとザックはしゅんとして俺のローブの裾を掴んだ。


「また会える?」


「ああ、教会に来た日は庭でサボる予定だ。俺なんかに会いたいってなら、そこに来れば会えるだろ。」


「わかった。」


ザックは笑顔で頷いて去っていった。





息を切らせて馬車の乗り場まで行くと、辛うじて他の3人より先についた。


「お待たせテイト。」


すぐ後にやってきたカインに声をかけられる。


「ん。別に待ってないけど。」


そう言って3人が馬車に乗るのを待ち俺も中へ入る。



「あれ?テイト。タイはどうしたの?」


隣に座るカインが俺を覗き込む。そう言えばタイはザックにやってしまったんだった。


「あ・・・無くした。」


「そんなぁ・・・あれ僕とお揃いだったのに・・・」


「ふーん・・・悪かったな。」


「ううん。またお揃いのものを用意するよ。」


カインは残念そうに肩を落としたかと思えばすぐに持ち直して距離を詰めてくる。


「ねぇ、テイト。ここに来る時に言ってた事だけど・・・」


「来る時?ああ・・・」


俺のことを家族と思ってないんだろって言った事か。


「そんなことないんだよ。僕たち3人とも、テイトのことちゃんと愛してるよ。」


「え?」


カインの言葉にお父様とお母様も頷いている。


「そもそも愛してなければとっくに孤児院なりに入れていたところだ。」


「あなた・・・そんな言い方は・・・」



(何を言い出すのかと思えばそんなことか・・・)


俺は両親を見てため息をついた。


「はぁ、まあ確かに。置いてもらった事には感謝してますよ。追い出されてたらのたれ死んでたでしょうし。」


「テイト、お父様が言いたいのはそう言うことではなくて・・・」


「アイリス、もういい。」


「でも、あなた・・・」


「いつか分かればいい・・・」


そう言ってそっぽを向いたお父様にそれ以上話しかけることはしなかった。そうして、家に到着するまで馬車の中では気まずい沈黙が続いた。

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