02.初めてのタイプ

 二人で笑っていると、顔を寄せ過ぎてツェツィーリアの肩に己の肩が当たってしまった。

 それを見たラルスが今度は一転し、不安げに目を向けてくる。


「王子殿下、あまりツェツィーリア様にお触れにならない方が……」

「ラルス、大丈夫だよ。心配するようなことにはならないから、少し二人で遊ばせてもらえないかな」

「いいえ、そういうわけにはいきません。何かあった時には俺の責任になりますので」


 護衛は監視役も兼ねているので、当然の言葉だろう。職務に忠実なのは結構だが、ツェツィーリアとどうこうなることは女同士なのだからあり得ない。

 そんなこと、言えるわけもなかったが。


「分かったよ。じゃあ、ちょっと離れていて。絶対に手は出さないって約束するから」

「それでは、ドアのところに控えております」


 ラルスはそう言って、扉のところからフローリアンたちを監視していた。

 外に出ているわけではないので気は揉むが、フローリアンの部屋は広いので、小さな声で話せば聞き取られることはないだろう。

 フローリアンとツェツィーリアは扉から一番離れたところで、いつものようにこそこそと話を始める。


「ねぇねぇツェツィー。そのブレスレットかわいいね。どうしたの?」


 ツェツィーリアの腕にあった、海色の宝石のブレスレット。おそらく、アパタイトだろう。石言葉は、『絆を強める・繋げる』だったはずだ。

 フローリアンが問うと、ツェツィーリアははにかむように笑った。


「実はこれ、イグナーツ様にいただいたんですの」

「やっぱり! そうじゃないかと思っていたよ!」


 きゃーきゃーと声を上げたいのをグッと抑えて、フローリアンは顔をにやけさせる。

 イグナーツは侯爵令息で、ピアノもリュートも上手な彼女の想い人だ。三年も片想いしていて、結婚が決まれば良いなとフローリアンは心から応援している。

 ツェツィーリアが嬉しそうに顔を赤らめているのを見ると、よしよしと撫でてあげたい気分に駆られた。


「ね、それをもらった経緯を詳しく聞かせてよ」

「少し恥ずかしいですわ」

「僕とツェツィーの仲じゃないか。恥ずかしがることなんてなにもないよ。ね、聞かせ……」

「王子、近づき過ぎです!」


 扉の方から声が飛んでくる。フローリアンはげっそりして声を上げた。


「何にもしていないよ! ちょっと興奮しちゃっただけ!」

「え?! 興奮?!」

「もう、そういう意味じゃないよ、ばかっ!」

「俺はただ心配で……」

「大丈夫だって言ってるんだ。邪魔しないでよね」

「……邪魔……」


 邪魔と言われたラルスは、しょぼんと肩を落としている。その姿を見て、ツェツィーリアはクスクス笑っていた。


「ふふ、今度の護衛騎士は、面白い方のようですわね」

「面白いっていうか、ちょっととぼけてるんだよ。剣の腕は優秀らしいんだけどね」

「堅物で何を考えているかわからない人よりは、よほど良いと思いますわ。仲良くなれると良いですわね」

「仲良く、ね……」


 そう言われて、フローリアンは兄とその護衛騎士たちの顔を思い浮かべる。ディートフリートの専属護衛騎士は昔からずっと変わらず同じ人物だ。傍目にも仲が良くて、ずっと羨ましく思っていた。

 フローリアンの場合は、本当の性別を明かさなければあんなに仲良くはなれないだろう。バレないように、次々と護衛騎士を変えなければいけないのだから。


 けれど今までの護衛に比べるとラルスは年も近いし、ちょっとお間抜けな発言もする面白い男だ。

 だからと言って職務を疎かにしているわけではない。完璧とはいえないが、真面目でちゃんと気遣いもできている。兄とその護衛騎士とまでは行かなくても、仲良くなれる可能性はあるかもしれない。


「うん、そうだね。ラルスとも仲良くできれば良いな……」


 そう呟くと、ツェツィーリアは嬉しそうに笑って、ラルスの方へと歩き始めた。急にどうしたのだろうとフローリアンは首を傾げる。 それは、ラルスも同じように思ったようだ。


「どうなさいましたか、ツェツィーリア様」


 ラルスの問いに、ツェツィーリアは楽しそうに笑った。


「うふふ。実はフロー様が、あなたと仲良くしたいとおっしゃっていますの。よろしくお願いしますわね」

「ちょっと、ツェツィー!」


 フローリアンが声を上げると、一瞬でラルスの目はキラキラし始めてしまった。


「王子殿下にそう言っていただけるとは、光栄の至りです!」

「いや、あ、うん……」


 どうせ数年で異動させられるんだろうなと思いながら、嬉しそうに笑うラルスを見上げる。

 喜怒哀楽がしっかり表情に出る、赤毛短髪の若い騎士。確かに今までのカタブツ中年騎士よりも、親しみは湧いた。

 ツェツィーリアが隣で、「笑顔の素敵な方ですわね」と微笑みを見せてくれる。フローリアンはなんと言っていいか分からず、口元をぐにゃぐにゃと動かしただけだった。

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