02.崩れる足元
そんな会話をした数日後、ユリアーナの父親のホルストが亡くなった。
彼の執務室で倒れているのを、騎士の一人が発見したのだ。
ホルストの死因は、心臓発作。元々心臓が弱かったホルストだったので、誰も疑うことはしなかった。
しかし何かがおかしい──と気づいた時。それはすでに遅かった。
「どうしてユリアと会えない?」
ホルストの死後、落ち込む彼女をディートフリートは支え続けた。
しかしそれも最初のうちだけ。何故か彼女に会えない日が続く。
「ユリアーナ様の新しい教育係が、まだ勉強が済んでいないと」
「彼女は優秀だ。僕に会えないほど、何をそんなにやらせることがあるんだ」
「俺たちに言われても困りますよ、王子」
わかってはいてもイライラがおさまらず、二人の護衛騎士を睨みつける。
「シャイン」
「っは」
「ユリアーナの身に、何か起こってないかを探ってくれ」
「何か、とは?」
「彼女にとって不都合なことが起きていないかどうか、だ」
「かしこまりました」
端正な顔立ちのシャインの敬礼を見て、今度はもう一人の騎士に視線を移す。
「ルーゼン」
「は!」
「お前は国庫の管理者を当たれ。先日、金額が合わないと騒いでいる者がいただろう。そっちを探るんだ」
「へ? それがユリアーナ様と会えないことと、どう繋がるんです?」
「わからない……でも、嫌な予感がする」
「……わかりました、お任せを」
二人の優秀な騎士は、ディートフリートのために動く。
ディートフリートは正攻法でユリアーナとの接触を試みるも、なにかと理由をつけられ会わせてはもらえなかった。
調べさせていたシャインからの報告が入る。
「ユリアーナ様の周りの使用人たちが、ホルスト殿の死と同時にバタバタと入れ替わっています。しかし、当主の人柄で持っていた家ならばそういうこともあり得る話ですが」
「ホルストが王の側近であったことも大きかっただろうしね。アンガーミュラー夫人は少しおっとりしていらっしゃるし、見切りをつけた使用人がいてもおかしくはないけど」
「ユリアーナ様は王子と結婚するのですから、そのままアンガーミュラー家で仕えていても損はないはずなのですが」
シャインの言う通りだ。ホルストが亡くなったことで、ユリアーナと婚約解消するとでも思っているのかと、腹が立ってくる。
「使用人が辞めていった理由は調べた?」
「『他に良い働き口があった』、『当主がいなくなって不安になった』、などが主な理由でした」
「誰かに金を渡されて辞めろと言われた、というのは?」
「なくはありませんね。拷問でもすれば吐くかもしれませんが、正攻法ではまず聞き出せないでしょう。口止めと脅しはされているでしょうから」
正当な理由や証拠がないのに拷問はできない。それとも考えすぎだったのだろうか。
ディートフリートは、落胆しながらソファに腰を沈める。
「ユリアの様子は?」
「わかりません。新しい使用人の口が硬すぎるのです」
ユリアーナには、王城に一室を与えている。
そこで彼女の世話をしているのは、アンガーミュラーの雇った使用人たちだ。
教育係は城の方で用意した者だが、その教育係もホルストの死後代わっている。
「ユリアーナの教育係は、どうして変更になった?」
「結婚退職です。怪しいところはございません」
「新しい教育係を決めたのは誰だ?」
「いつも通り、人事担当の者です。他には誰も絡んでいません。私が調べられる限りは、ですが」
「新しい教育係の素性に怪しいところは」
「何のコネもなく、実力で入ってきた者です。各貴族との繋がりはありますが、そこまで強固なものではないので、裏で誰かが糸を引いているとは考えにくいかと。買収された可能性は否定できませんが」
やはり、気にしすぎなのだろうか。しかしどうしても解せず、ディートフリートは顔を顰める。
その時、バタバタとルーゼンが部屋に入ってきた。
「王子!!」
「どうした、ルーゼン」
「ホルスト殿に、国庫金の私用利用と機密情報漏洩の嫌疑が掛かっています!!」
「なんだって?!」
ディートフリートはソファから立ち上がった。
あのホルストが、不正を働くわけがない。彼の死を利用して、誰かがホルストに罪をなすりつけているだけに決まっている。
「ユリアーナは、このことは?!」
「まだご存知ありません」
「絶対に彼女の耳に入れるな。犯人は必ず別にいる」
「っは!」
カッカと足を進めて父王の元に向かおうとしたディートフリートだったが、ふと立ち止まって考えを巡らせる。
「王子?」
「ホルストの死は……本当に心臓発作か……?」
ディートフリートの問いに、二人の騎士は目を見合わせた。
「……死因を、調べ直せ」
「それは無理だ、王子。もう遺体は火葬されてしまってるんです」
「じゃあホルストが死ぬ前まで食べていた物、話した相手、行った場所、全てを調べ尽くしてこい!!」
「「っは!!」」
「僕は父上のところへ行く!!」
生まれて初めて声を荒げてルーゼンとシャインに指示を下すと、ディートフリートは父王の元へと向かった。
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