ディートフリート編

01.運命の人

 ディートフリート・ヴェッツ・ラウツェニングは、生まれた時から王になることを定められていた。

 幼い頃から徹底して帝王学を叩き込まれ、わずか十歳という年齢で将来の相手も決められる。


 その婚約者の名は、ユリアーナ・アンガーミュラーといった。


 ユリアーナは、王の側近であるホルストの一人娘だ。侯爵家の中でも王家との親交が深く、ホルストは王の信頼も厚かったので、この決定は必然だろう。少し体は弱かったが、側近として有能だった厳しくも優しいホルストを、ディートフリートは尊敬していた。

 そんな彼の娘ユリアーナは本当に愛らしい人で。ディートフリートは、出会った瞬間から彼女に心惹かれていく。

 ユリアーナもディートフリートのことを好きだと言ってくれて。

 だから、ディートフリートも言い続けた。


「ユリア、だいすき」……と。


 するとユリアーナも、「ディー、わたしもだいすきです」と返してくれるのだ。


 それは出会った十歳の頃から、現在の十七歳になる今も、ずっと続いているやりとりだった。




 結婚は、ディートフリートが十八歳になればする予定だが、それがまた長い。

 ディートフリートは、健全な男子である。

 いくら教育係に『結婚するまでは、手を握る以上のことをしてはいけない』と言われていたって、興味もあるし、好きな女の子には触れたいしキスもしたい。

 そんな考えが態度に出てしまっていたのだろうか。勉強をするディートフリートの後ろから、護衛騎士に声をかけられた。


「ディートフリート様」

「なに、ルーゼン」


 護衛騎士であると同時に、ディートフリートの監視役でもあるルーゼンを見上げる。


「本日、ユリアーナ様がお見えになりますが」

「わかっているよ。だからこうやって勉強を終わらせようと頑張っているんだ」

「ご立派です。ですがこの前のように、ユリアーナ様にキスをしようなどとは思わないでくださいね」


 そう言われて、ディートフリートはじろっとルーゼンを睨んだ。

 ディートフリートは十七歳、騎士のルーゼンは二十四歳である。ルーゼンはディートフリートの部下だが、同時に兄のようにも思っていた。


「じゃあ聞くけど、ルーゼンが初めて女の子とキスしたのはいつ?」

「いつでしたかね。多分、十三歳だったと思いますが」

「僕はもう十七だよ。キスくらい、経験してもいい年だと思うんだけど」

「やめてください、俺たちの首が飛びます。なぁ、シャイン」


 ルーゼンがもう一人の護衛騎士に話しかける。ディートフリートの専属護衛騎士は、この二人だ。

 シャインは現在三十歳で、ディートフリートの専属になってもう十年になる。


「王子も年頃ですから、お気持ちはよくわかります。ですが決まりを破られると、私どもも困りますので、どうかここは耐え忍んでください」

「僕がユリアとキスしたことを、二人が黙っていればいい話じゃないかな」

「もしバレてしまった時には、私は愛する妻と可愛い娘ともども、路頭に迷うことになりますね」


 そんな風に言われては、返す言葉がなかった。

 ルーゼンもシャインも、ディートフリートにとってとても大切な人だ。自分のわがままで、彼らの家族を巻き添えるわけにはいかない。


「はぁ、わかったよ。ちゃんと自重する」

「それでこそ王子です」

「やっとわかってくれましたかー!」

「うん、多分ね」

「多分かい!!」

「不敬ですよ、ルーゼン」


 ははは、と三人の笑い声が部屋に響く。

 ディートフリートが、ユリアーナと家族の次に大切にしているのがこの二人だ。

 他の者は一歩引いて接してくるが、この二人には遠慮がない。それがディートフリートには心地良い。


 勉強を時間通りに終わらせると、ディートフリートはユリアーナに会いに行った。

 約束のバラが咲き誇る庭園で、彼女は凛と立っている。


「ユリア!」

「ディー!」


 振り向く彼女は本当に愛らしく、そして完璧なカーテシーが美しい。

 優しく抱きしめて、この腕の中で存分にキスしたくなる。

 せめて、せめて頬にだけでも。


「ユリア、今日もきれいだよ」

「ありがとうございます。ディーにいただいたネックレスがとても嬉しくて、頑張ってしまいましたの」

「つけてくれたんだね、ありがとう。ネックレスがなくてもユリアはとてもきれいだし、大好きだよ」

「私も、そのままのディーがだいすきです」

「ユリア……」

「近い近い! 近いですよ、ディートフリート様!!」


 唐突にルーゼンの声が割って入る。毎度のこととはいえ、げっそりとしてしまう。


「ちょっと、ほっぺにするだけだよ」

「いけませんて。何度言わせるんですか」

「敷地内で護衛なんていらないのになぁ」

「監視役は必要ですからね。油断も隙もない」


 息を吐くルーゼンとむくれるディートフリートとのやりとりに、ユリアはくすくす笑っている。


「ユリア……」

「あと一年の辛抱ですわ、ディー」

「……そうだね」

「婚姻の日が、とても楽しみです」

「僕もだよ、ユリア」

「はーい、ストーップ!」


 またもルーゼンにグイッと引っ張られる。護衛騎士を睨むディートフリートを見て、やはりユリアーナはクスクスと笑っていた。

 ユリアーナの可憐に笑う姿を見るのが、本当に愛おしかった。

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