第60話 通常運転

「ごめんなさい、少し取り乱してしまったわ」


 氷見谷がいつものクール顔をしてこちらに戻って来たのは10分ほど経ってからだった。


 顔には水滴がついており、目もまだ少し赤い。

 冷静になるために顔を洗ってきたのだろう、あと泣いてるのを誤魔化す為。

 まぁこの目ではっきりと可愛い泣き顔を見たかから誤魔化しは聞かないがな。


「少しどころじゃなかったんだが?」


 千葉の横に座る氷見谷に言うと、


「いえ、少しよ」


「あれのどこがだよ」


「大げさね。少し泣いてしまったくらいで」


「ギャン泣きだったじゃんか、お前」


「…………それはあなたの見間違えよ」


「この距離でどう見間違えるんだよ逆に」


「目にゴミが入ってたとかかしら」


「そろそろキツイぞお前」


 流石に言い訳は出来ないぞこの状況で。

 こんなことだったら動画でも取っておけばよかった。その方が面白かったのに、しくじった。


「まぁまぁ、それはいいからさ…………ちゃんと話を始めようよ」


 俺と氷見谷の仲介に入り、本題に進めようとする千葉。

 いつもと立ち位置が逆なのが違和感しかないが、気にしないことにしよう。


「そうね、そうしましょう」


 さりげなく、千葉の股に手を伸ばす氷見谷だったが、


「それは話終わってから」


 拒否られた。


「…………それで?なんでこの部屋に入ってきたわけ?」


 腕を組み、千葉は氷見谷を細い目で見る。


「そのことを聞たかったのね」


「これ以外何があるのよ」


「いえ、別になにも」


「いいから、話して」


 いつもより口調が強い千葉に、氷見谷は折れたか、


「最初は、エロい雰囲気になってほにゃほにゃする2人を鑑賞しながらポップコーンでも食べようとしたけど……………心葉が立川くんを押し倒した時、なんか涙が出たんだよね」


 死んだ目をしながら、氷見谷は抑揚の無い声で言った。


「元からそれ目的だったわけ?」


「違うわよ?ちゃんと2人を仲良くさせる目的でここに連れて来たもの」


「ならなんでその考えに?」


「…………なんか、いつもと違う心葉を見てたら………………うずいてきてしまったの」


 いつも通り救いようのない変態だな。通常運転で安心したよ。また泣かれたりしたら困るからな。

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