第46話 溺れてる………?

「え、お前今泳いでたのか?」


「もちろん、クロールをしてたわよ?」


「クロール?アレが?」


「アレがってなによ、ちゃんと綺麗なフォームで泳げてたでしょ?」


「じゃぁ、なんで前に進まないのかな?」


「さぁ?それが分からないから泳げないって言ってんじゃない」


「はぁ~……………」


 俺はため息を吐きながら頭を抱えた。

 これはめんどくさい。ものすごくめんどくさいど、このお方。


 自分が完全に泳げていない事を自覚しているのならまだしも、こいつ、フォームは完璧と誤認してただ前に進めないだけとお思いだ。

 実際は、ただの溺れている人なのに。


 あのバタつき具合、どうやったら泳げていると言えるんだ?自分で分からないものなのか?


 あれだけ死に物狂いで手足を動かしているのなら、普通気付くと思うんだが……………


 まぁ、顔を水に付けれるだけ及第点としよう。


 それ以外は、0からではなくマイナスからのスタートだが。ものずごくマイナス、もう底辺からのスタートだ。


「氷見谷、スマホでさっき千葉の事取ってただろ?動画見せてあげて」


 プールサイドにしゃがんでスマホを構えている氷見谷に言う。


「もちろん」


「助かる」


 スマホを貰おうとすると、


「ちょ、なに勝手に撮ってんのよ!」


 淡々とした俺と氷見谷のやり取りに、千葉は横から怒鳴って来た。


「いいじゃない。可愛い姿を私の思う存分撮らせてちょうだい」


「嫌よ水着だし」


「そこがいいの。水着だからいいのよ」


「私は全然よくないの!」


「あと、泳いでるか溺れてるか分からないところも可愛かったわ」


「……………溺れてる?」


「ええ、溺れかけている?に近いのかしら」


 氷見谷の発言に、千葉は小首を傾げる。


「ええ、流石にあの動さえも可愛かったわ」


 スマホの画面を見ながらにやつく氷見谷。

 これは可愛くて笑っているのだろうけど、俺があの映像を見たら面白くて爆笑している。


 さっきは驚いてまともに笑えなかったが、改めて見たら腹抱えて笑うだろう。


「ちょっと見せてよ」


 氷見谷に肌を密着させ、スマホを覗き込もうとする千葉。


「本当に見るのか?」


「当り前に見るけど」


「絶対後悔しない?」


「泳げるようになるかもしれないのに、後悔なんて無いでしょ?」


 無い胸を張る千葉だったが、刹那、キラキラしていた目は死んだ魚の目になった。


「ぁ……………ぁ……………ぁ」


 そして、うめきながら氷見谷からスマホを取ると、


「これが………………私………?」


 信じられないのか、声を震わせながら言った。

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