第35話 名前呼びとタメ口

「心葉、いくら胸が大きいから、モテるからって言っても、私は心葉の事が好きよ?」


「なによ、いきなり」


「なんか好きって言われたそうな顔してたから」


「……………………そう」


 図星だったか、心葉は再度顔を赤らめる。


「そこでね?心葉の事が大好きな私からのお願いなんだけど―――――」


 心葉を私の方へ向かせると、


「私の事、名前で呼んでくれない?」


「へぇ?」


 私のお願いに、アホな顔をした。


「名前で呼ぶ?私が氷見谷の事を?」


「うん。呼ばれたいなって」


「でも、さっき苗字で呼ぶのが萌えって言ってたじゃん」


「うーん、もうその萌えは十分楽しんだからいいの」


「結構あっさりだね」


「名前で呼ばれてみたいからね」


 心葉に名前呼びをされたら、私は新たな性癖に目覚めてしまうかもしれない。

 てか目覚めたい。もっと心葉の色々なところを開拓したい。

 それでもって、イジメてあげたい。


「分かったわ、これから氷見谷のこと名前で呼んであげる」


「ほんと?」


「ただし!―――――」


 私の顔の前でビシっと人差し指を立てると、


「氷見谷もこれから私に対して敬語じゃなくてタメ口を使って!」


 ニヤリと八重歯をちらつかせた。

 可愛い表情に子宮がうずくが、


「嫌よ」


 即答した。


「え!?なんで!?」


 真顔で言う私に、心葉は目を見開いて驚く。


「普通にイヤだから」


「いいじゃない!私も氷見谷の事羽彩って呼んであげるんだから!」


「待って、もう一回呼んでくれない?」


「え、あ、うん………………羽彩?」


「…………尊死」


「なんか照れるな…………って話を逸らすな!」


「ごめんなさい………つい」


 心葉の名前呼び………破壊力がありすぎる。本当になにかに目覚めそうだ。


「それで?本当にタメ口で話してくれないの?」


「………善処はしようと思う」


「絶対してよね!?私も恥ずかしいけど名前で呼ぶんだから!」


「わ、分かったよ…………心葉…………」


 少し照れながらも、私はタメ口を使った。


 それを聞くと、私の胸元にある心葉の顔がこれでもかとにやける。


「羽彩…………顔赤いよ?」


「う……うるさい」


 にやけている理由は、タメ口に対してではなく私の顔が赤くなっていることに対してであった。

 顔が赤くなるのは必然的だ。普段からタメ口なんて使わないし、相手が心葉だ。

 私だって恥ずかしくなるし、照れる。


「羽彩が顔を赤くするなんてなんか不思議だなー。いつもそんな表情見せないから」


「見せるわけないでしょ。日常生活で」


「新鮮だからもっと見たくなっちゃうな」


「…………嫌だ」


「えぇ~、もっと羽彩の可愛い所みたいんだけどなぁ~」


 ニマニマと満足そうな笑みを浮かべながら、上目遣いで私を見てくる心葉。


「やっぱなし。私は敬語を使うわ。でも心葉は名前で呼んでちょうだい?最高だったから」


 このままだと、心葉に私がイジメられてしまう。これまでの立場が一気に逆転してしまう。

 それだけは避けたい。


 ということで、私のタメ口はたったの3言で終わったのだった。

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