第61話 イザナ・ルシオン戦争 勃発
「『こちらチヌ丸。現場に到着したよ。指示ちょーだい!』」
「こちら官邸。対空攻撃を警戒しつつ、拡声器を用いて相手方との意思疎通を図れ。それと、日本語での避難勧告を忘れるなよ」
「『了解。いっくよ〜……あー、こちらはイザナ皇国。ルシオン王国軍の兵士諸君に通告する。諸君らは我々の領土を侵犯している。交渉が目的であれば代表者は前に出られたし。交渉を望まない場合は、速やかにイザナ皇国領内から退去せよ。なお、こちらの命令に従わない場合は諸君らに我々の主権を侵害する意思があるものと判断し、攻撃を開始する』」
無線の向こう側でルシオン王国の連中にそう警告するアイシャ。ちなみに現場の様子は映像でこの官邸にも中継されているので、どんな状況なのかはしっかり伝わってくる。ルシオン側は爆音で警告と退去勧告を行ってくるチヌ丸に随分と動揺しているようだ。
ややあって、ルシオン軍の集団の中から数人の交渉役と思しき軍人が進み出てくるのが見えた。どうやら交渉を希望するらしい。
「『我々はルシオン王国である! そちらの代表者宛てに、陛下と大臣のお言葉を預かっている!』」
「『……だって。どーする? 進次センパイ』」
「話を聞こう。交渉団の非武装を確認した後、敵軍から充分に距離を取った上でチヌ丸を着陸させてくれ。映像は繋いだまま、直接俺が話す」
「『りょーかい。……えー、これより対話に応じる用意を行う! 交渉団は武装を解除した後、こちらまで来られたし!』」
さて、奴らはいったいどんな要求を突きつけてくるだろうか。事と次第によっては大量の血が流れかねない、重大な交渉になるだろう。
俺はどう転んでも悪い予感しかしない今後の展望に辟易としつつ、皇帝としての正装(軍服と制服とスーツを足して割ったような感じだ。割とカッコイイぞ)に着替えて会談の準備を整える。
そろそろ向こうも用意が済んだ頃だ。さあ、交渉といこう。
✳︎
「『貴殿らが西シビル平原を不法に占拠していることは誠に遺憾であるが、貴殿らはもともとルシオン王国の勇者だ。つまり我々は同胞であると言えよう』」
画面の向こう側でそう持論を語るのは、ルシオン王国軍の交渉役として派遣されてきた四〇代かそこらのオッサンだ。胸のあたりに勲章のようなものをジャラジャラとたくさんつけているので、まあそこそこ偉い地位にはいるのだろう。
もっとも、偉いからといって優秀であるとは当然限らないわけだが。現にオッサンは先ほどから延々とご高説を垂れ流してくれているが、いまいち話の要点が掴めないし、理屈に関しても納得できない部分がちらほらと散見される。
世渡りが上手いのか、それとも単に親の七光りなのかは知らないが、残念ながらこのオッサンは交渉役としては不適格だな。
「『西区シビル平原は過酷な地だ。開拓する上できっと多くの苦労もあったであろう? そこでだ。同胞のよしみとして、我々には貴殿らを支援する用意がある』」
「支援だと?」
大軍を率いて不法に越境してきたくせに、何をいきなり意味のわからないことを言うんだ。支援というのなら、今すぐこの国から立ち去って俺達の負担を減らしてほしい。
「『そうだ。ヤークト帝国や荒野に生息する魔獣といった脅威から貴殿らを守るために、西シビル平原一帯を我らがルシオン王国軍の庇護下に置き、勇者カナモリ・ユキノはルシオン本国で身柄を預かろうではないか』」
「……つまり貴様らは俺達が汗水流して開拓したこの土地を横取りした挙句、イザナ皇国の大切な仲間である叶森柚希乃を略取しようと言うんだな?」
「『そのような人聞きの悪いことを! これは国王陛下の勅許を得た大臣閣下のお言葉。無礼であるぞ!』」
「『無礼なのはどっちだっつーの!』」
――――ドゴッ
「『ぅぐふっ』」
そこで画面の向こう側にいたアイシャがブチ切れて交渉役のオッサンを蹴り飛ばした。慌てて護衛の兵士達がアイシャに掴み掛かろうとしたが、アイシャに同行していた国防軍の仲間に拳銃で膝を撃ち抜かれてその場に崩れ落ちる。
「『アンタがどんだけ偉いかはわかんないけどさ。今アンタが話してる相手は皇帝なんだかんね? わかってる? 皇帝! 王様より偉いの!』」
「『う……小娘がわかったような口を利きおって! だいたいそんなもの、御山の大将が自称している称号にすぎないではないか!』」
「『うっさいなー。黙って立ち去れバーカ!』」
「『ば、馬鹿とはなんだ! この私を誰だと』」
「『そっちこそ進次センパイを誰だと思ってんのさ! 身分を弁えろし!』」
なんだか、ものすごい荒れている。幸いアイシャが優勢っぽいので心配は要らないが……これ、どうしようもなく交渉決裂だよなぁ。
「『ぐぬ……ッ、もうよい! こちらが下手に出てやっているというのに図に乗りおって! 貴様らには話が通じないということがよくわかった。こうなったら強制的に力で捻じ伏せてやるしかあるまい。ルシオン王国の力を思い知るがよいわ!』」
「『後悔しても知んないからね!』」
更にアイシャに追い討ちをかけられて数発ほど蹴りを喰らっていた交渉役のオッサンは、ほうほうの体でチヌ丸から逃げ出して自軍の陣地へと帰っていく。可哀想なことに、護衛の兵士達は足を怪我して床に転がったままだ。どうやら置いていかれてしまったらしい。憐れだ……。
「『進次センパイ、ゴメン。大事な交渉なのにぶち壊しちゃった』」
「いや、構わない。そもそもあんなものは一方的な主張のゴリ押しであって、交渉にすらなっていなかったからな。アイシャが気にすることじゃないさ。むしろよくやってくれたと言いたい」
「『進次センパイ……』」
「過ぎたことはもういい。……それより、交渉は決裂したんだ。これから戦争になるぞ。アイシャ、急いで撤収と宣戦布告だ」
「『うん、了解!』」
画面越しに敬礼をして、アイシャは通信を切った。これから拡声器を使って宣戦布告を行うのだろう。布告の文言は事前に元老院メンバーで練ってあるので、それを読み上げるだけだ。
「……ついに始まりましたね」
「ああ。だが予想していたことだ。……流石に相手の交渉役があそこまで馬鹿だとは想像だにしていなかったけどな」
「あれには皆びっくりですね」
「それよりもだ。――――柚希乃、敵勢力約二万の中に、日本人と思しき兵士は確認できるか?」
「『えーとね、今ちょうど確認が終わったよ。敵勢力の数は一万九八〇〇、うち騎兵一四〇〇、
「そうか、報告ありがとう。……にしてもよくこの短時間でそれだけの数を判別できたな」
「『うーん……自分でも不思議なんだけど、多分【
「【銃士】の視力……恐るべし、だな」
俺達の話している言語は日本語だ。だが実はリガニア人やルシオン人といったこの世界出身の人間は、現地の言葉を話しているのだ。
しかし不思議と意思疎通は可能になっている。これは異世界から召喚された時の謎パワーによって、言語に込められた意思を直接相手に伝えているからだと俺達は考えている。
ところでこの謎パワー、あえて相手に通じないように念じながら話せば、なんと相手は日本語が理解できなくなるのだ。逆もまた然り。理解しようとしないで現地語を聞くと、モーリスやリオン達が何を言っているのかまるでわからなくなってしまうのだ。
今回、俺達はこの言語に関する仕組みを利用して、警告と同時に日本語で避難勧告を出した。ルシオン人兵士にはわからなかっただろうが、万が一日本人がいれば「両手を高く挙げて振るように」という内容が伝わっていた筈だ。
そして実際に手を振った人間は一人もいなかった。軍務省から超高画質の映像で柚希乃が確認していたので間違いない。
「よし、これなら同胞を巻き込む心配はないな。……アイシャ達が戻ってき次第、『叶森砲』による遠距離砲撃を開始する。柚希乃、頼めるか?」
「『任せてよね! 半径二〇〇キロ圏内なら、ネズミ一匹取り逃さないよ!』」
「恐ろしいな。まあ、だからこそ頼もしいんだが」
「『私と進次の国だもん。絶対に守ってみせるよ』」
「ああ。柚希乃、一緒にこの国を守ろう」
俺達の国を守るための防衛戦争。
守るのは国だけではない。国民の命を、財産を、都市を、沖田平野の大地を、俺を、柚希乃を、そして戦いに出る国防軍兵士達の命すらも、何一つ欠けることなく守るための戦争だ。
緊張はするが、不安はない。
何しろ、この時のために俺達はあそこまでオーバーテクノロジーな兵器開発に勤しんできたのだから。
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