第49話 医療系『恩寵』

「沖田君、本当に助かりました。もう、なんとお礼を言ったらいいか……」


 生徒の俺に対して頭を下げる紗智子先生。着ている服こそ土や埃でだいぶ汚れているが、中身こころは綺麗なままのようだった。


「気にするなとは言いませんが、そこまで気負わなくても大丈夫ですよ。俺も慈善事業で助けたわけじゃないんです。俺に協力してくれたらそれでいいですから」

「ありがとう、そうします。……それにしても驚いたわ。沖田君達が、こんなに凄いものを作っちゃってるだなんて……」


 リビングの窓から見えるビル群を眺めながら、紗智子先生がそう呟く。


「まあ、必死に頑張ったんで」


 叶森台地の都市に圧倒されている様子の紗智子先生を見つめながら、俺はつい先ほどのことを思い返していた。


 全部で一八名いた日本人追放仲間達。彼らの多くは食料が底をつきかけ、衰弱していた。

 チヌ丸で全員を救出して水分とゼリー食を施すと、もう助からないと絶望していた皆は涙を流してそれらを食べていた。

 そして沖田平野にやってきたところで、安心からかほぼ全員が眠りにつき、今はこうして紗智子先生だけが起きたまま俺達と話をしている状況だ。


「とりあえず先生も休んだらどうです? 風呂もベッドも用意してありますよ」

「ありがとうございます。じゃあお言葉に甘えて、休ませてもらおうかしら」


 大人としての責任感からか、一人だけ起きていた紗智子先生だが、体力的にはそろそろ限界のようだ。話は後でいくらでもできるのでひとまず休息を取るように伝えると、先生は頷き、綾に案内されて風呂場へと向かっていった。


「それにしても、皆無事でよかったね」

「ああ、そうだな。これで仲間も増えたし、彼らの『恩寵』も気になる。万が一本当に役に立たない『恩寵』だったとしても、同じ日本出身ってだけでかなり助かる点は多いだろうからな」


 同じ社会で育った人間がたくさんいれば、前提となる知識が一緒なのでわざわざ説明などせずとも色々と仕事が捗るだろう。可及的速やかに国力を増大させたい俺達としては、非常に助かる話だ。


「まあ、それも彼らが起きてからだな」

「そだね」


 皆疲れていたので、もうあと数時間は起きてこないだろう。起きてからも食事と入浴でもう少しかかる筈だ。

 だがまあ、時間はたっぷりあるんだ。ゆっくり休んで英気を養ってから協力してくれればそれでいいさ。


     ✳︎


「……で、あそこにいた経緯を教えてもらってもいいか?」

「はい。それは私から説明しますね」


 次の日。結局、落ち着くまでは休ませようという方針の下、皆には一晩をゆっくり過ごしてもらうことにした。

 で、充分に休んだので今日からは遠慮なく話を聞かせてもらおうということで、今こうして救助した日本人メンバー全一八名が俺達「元老院」メンバーの前に勢揃いしているわけだ。

 代表者はやはり紗智子先生。彼女が色々と話してくれるようだ。


「まず私達があそこにいた理由なんですけど……」


 要点をかいつまむと。

 追放された日本人メンバーは全部で三〇人くらい(これは俺達もその場にいたから把握している)。そのうち一〇名ほどとは連絡がつかなかったが、ここにいる一八名は辛うじて見つけ出すことができた。ちなみにその連絡のつかなかった約一〇名の中には、俺達四人も含まれているそうだ。

 発見には、とある生徒の『恩寵』が大いに貢献しているらしいが、そこは後で詳しく訊くことにする。

 ……で、仲間を見つけたは良いものの、皆持っている金貨は食料や必需品に換えてしまっているし、そもそもだいぶぼったくられているから得られた物資もそう多くはない。

 だから皆の『恩寵』で使い方がわかっているものだけを使ってやりくりして、どうにかこうにか今日まで生き延びてきたのだそうだ。

 そんな状態だと誰かが病気になりそうなものだと思っていたが、そこは問題なかったらしい。というのも……


「【生体恒常性ホメオスタシス】に【診断】か……。よくこの二人が揃ってたな」

「私も奇跡だと思います。……でも本当に凄いのは、そういう医療系の『恩寵』持ちがいない状況でここまで都市を発展させた沖田君達だと思いますよ」


 そう言ってこちらを褒めてくる先生。だが、それは単に運が良かっただけだ。栄養状態に不安があると人間の抵抗力は落ちる。だから健康的な生活を心掛けてできるだけ病気にならないようにはしていたが……それでも避けられない病気や怪我はどうしても出てきてしまうだろう。

 そうなった時、医療系の『恩寵』持ちがいるのといないのでは大きな差が出るに違いない。


「君達にはこれから大いに活躍してもらうことになると思う」

「は、はい! 沖田さんのお役に立てるなら是非頑張らせてください!」

「沖田様……さんの力になることが、助けていただいたわたくしの使命といっても過言ではないですわ」

「ああ。よろしく頼むぞ」


 そう言って快諾してくれる【生体恒常性ホメオスタシス】と【診断】の二人。どちらも女子生徒のようだ。【診断】のほうは見かけたことがあるので、多分同学年かな? あと君今「様」って言いかけたよね?

 死にかけていたところを救ったわけだから納得はできるんだが、忠誠心のようなものが見え隠れしているのは……なんというか怖い気がしないでもない。

 まあ双方にとって不都合はないので、放置でいいか。裏切る心配が無いというのも楽でいい。





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