第39話 国の礎作り

「あの……」

「何だ?」


 おずおずと話しかけてくる少女。返事をすると、少女は一瞬ビクッとなってから質問をする。


「もし移住するとなった時、私達の扱いってどうなるんでしょうか……?」

「扱いとは?」

「その……身も蓋もない言い方をすれば、奴隷とかと同じ扱いになるのかどうかが気になります」

「セリア!」

「これ、滅多なことを言うものではない」


 食料援助を受けられるかどうかの瀬戸際なのだ。俺の機嫌を損ねないよう、セリアと呼ばれた少女を嗜めるモーリスとリオン。だが、俺はセリアの発言に内心で感心していた。


「いや、君の言うことはもっともだ」

「オキタ殿?」


 リオンが意外そうにこちらを見てくるが、それは無視して話を続ける。


「食料を援助してもらえる上に、住む場所の提供までしてもらえるんだ。何か裏があるんじゃないかと不安になるのは、至極真っ当な感性だろう」


 もっとも、モーリスやリオンとてその点に思い至らなかったわけではあるまい。だが、集団を飢えさせてはならないという焦りと使命感が彼らの警戒心を鈍らせた。見た感じであまり決定権を持っていなさそうなセリアだし、ある意味で責任とはほど遠い彼女だからこそ言えたセリフだろうな。


「だが、さっきも話した通りこの都市は圧倒的に人口が不足している。住人になってくれるなら、基本的人権はしっかり守ると保証しよう」

「キホンテキジンケン?」

「ああ、まずはそこからか」


 言葉が通じるから、てっきり前提となる知識も通じるものだとうっかり勘違いしていたが、そういえばここは侵略戦争がまかり通るような野蛮な異世界なのだ。現代日本の考え方がそっくりそのまま通じるわけがない。


「基本的人権というのはな……」


 そこからしばらく解説タイムに入る俺。隣では柚希乃が暇そうな顔で地面に落書きを描いている。あっ、それプリティ☆ガール第五作目のマスコットキャラだろ! 中盤から人間形態を獲得して追加戦士になるやつだ!


「そんな考えが……。失礼ながら、進次殿はいったいどこの国の出身なのだ?」


 目から鱗状態のモーリスがそんなことを訊ねてくる。隠す意味もないので、俺は自分達の出自を明かすことにした。


「俺達は日本という国から来た」

「……ニホン。そういえば先ほども言っていたな。失礼ながら、どこにある国なのか存じ上げていないのだ」


 リオンがそう言って申し訳なさそうな顔をするので、気にしないで済むよう注釈もつけておく。


「まあ、知らなくて当たり前だろう。何しろ日本はこの世界にはない国だからな」

「この世界にはない?」

「ああ。俺達は異世界……こことは異なる世界から、ルシオン王国によって召喚された勇者なんだ」

「勇者!?」


 またもや目をカッぴらいて驚愕するモーリス。なんだか忙しそうだ。


「まー、王国には勇者失格の烙印を押されちゃったけどね〜」


 そこで、対物レールガンを撫でながら柚希乃が会話に混ざってくる。そろそろ脅威はないと判断したんだろう。とはいえ万が一に備えて付かず離れずの距離を保っているのは、流石としか言いようがないな。


「そんなことが……だが、異界の勇者殿であれば、あの都市を築いたというのも納得できる話だ……」

「ルシオン王国とはまた厄介な国に召喚されたものだ」


 ルシオン王国の名前を聞いて、眉を顰めるリオン。どうやらリガニア王国から見ても、彼の国は面倒な存在であるらしい。


「俺達の『恩寵グレース』がルシオン王国の人間にはいまいち理解されなかった結果、こうして国を追い出されて辺境の地で都市開発に勤しんでいるってわけだ」

「なるほど、だからルシオン王国に対してあまり良い感情を抱いてなかったんですね」


 先ほどの俺のセリフを覚えていたのか、俺達の対ルシオン観に納得のいった様子のセリア。やはり彼女はどこか光るものがあるな。日本式の教育を叩き込めば、優秀な秘書になるかもしれない。


「ああ。そしてだからこそ、俺達は仲間が欲しい」

「納得がいきました。先ほどの失礼な質問をお許しください」

「いや、気にしないでくれ。あと、流石にいきなり何十人もの見ず知らずの人間を信用するってのも無理だから、受け入れるとなったら最初のうちは各個人の行動を監視させてもらうぞ。……もちろん風呂やトイレみたいなプライバシーは尊重するが」


 恩を仇で返すような真似はしないと信じたいが、国家は性善説に基づいて運営できる代物ではない。万が一の事態に備えて、原理的・構造的に不正が不可能な仕組みを作ることが求められる。

 皆が生まれながらにして認識している共通了解常識――――自然法などと呼ばれるものがもし仮に実在しているのなら、そもそも法律なんてものは必要ないのだ。よしんば実在していたとしても、それを全人類が一〇〇%認識できるかといえばそうではない。一部の連中はどうしても悪さをし出すというものだ。

 だからこそ強制力を持った法律が必要となる。自然法をわかりやすく明文化した条文が必要になる。法律とは人類がムラ社会から国へと組織の規模を拡大していく長い歴史の中で、少しずつ試行錯誤して発展させてきた科学の産物なのだ。

 だから、これだけの新しい人間を迎え入れる以上は、憲法を新たに制定する必要がある。そしてその憲法に基づいて法律を制定し、以て彼ら国民を保護、ないしは縛らねばならない。


「それはもちろん、援助してもらう側ですから。その程度であれば受け入れます」

「悪いな」


 こうして、実に五〇名以上の新たな住民が都市に加わることになったのだった。法を作る作業はかなりの重労働になりそうだが、そこは日本人メンバーとモーリス、リオン、セリア達現地人の知識をフル動員して落とし所を探っていくこととするかな。


「とりあえず、まずは食事の用意だ」


 それと犯罪が行われた時に備えて、監視カメラの作成か。こちらに関しては領土警戒システムを開発した時にカメラも一緒に作ってあるので、その技術を転用すればいいだけだから割と早く終わるだろう。


「進次、それが終わったら家も建てないとだよ」

「やることが山積みだな」


 ただ、これで少しずつ国としての体裁も整ってきたような気がする。あとは人口バランス的に日本人が少ないのが若干気になるから、はぐれてしまった追放仲間の捜索をそろそろ再開するかな。




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