第37話 リガニア王国
「進次、見えてきた」
「ああ。向こうもこっちに気付いたっぽいな」
叶森台地を駆け下り、視界いっぱいに広がる雄大な沖田平野をバイクで軽快に駆け抜ける俺達。万が一に備えて武器を携行しているが、果たしてこれを使う機会は来るだろうか?
「一旦停めるぞ」
「うん」
一〇〇メートルほどの距離を空け、俺はバイクを停める。この距離なら向こうからいきなり攻撃を喰らう心配はない。弓も流石にこれだけ距離があれば当てるのは難しいだろうしな。
「警戒してるっぽいね」
「まあ、だろうな」
相変わらず超人じみた視力であちらの様子を確認する柚希乃。いつでも撃てるように臨戦態勢は崩していないが、そこそこ距離もあるのでそこまで気を張り詰めてはいないようだ。
「誰か来るよ」
「こちらの様子を確認しに来たのか?」
「そうみたい」
俺はいまいちよく見えないが、柚希乃が言うんだから間違いないだろう。そうこうしているうちに、俺の目にも割と若めの男がこちらに歩いてくる様子が見えてきた。
「男が一人。武器は持っていないな。……話し合いが目的か?」
「うーん、よく見たら腰にナイフを差してる。でも対人戦に使うには、ちょっと心許ないかも」
だからなんで見えるんだっての。今度、暇な時にでも双眼鏡を開発しようと真剣に決意する俺を置いてけぼりにして、柚希乃は対物レールガンを構えた。撃ちはしないが、ナイフに狙いを定めているようだ。何か不審な挙動があれば、即座に撃ち抜くつもりだろう。
やがて数十秒ほど経って、ようやく会話が成立する距離に男がやってきた。三〇代くらいだろうか。緊張した顔つきをしている。
「お前達は何者だ」
言葉が通じることを祈って(召喚時にも通じたから多分大丈夫だと思うが)、そう訊ねる俺。話しかけられた男は俺の目を見据え、はきはきと答える。
「私達はリガニア王国から流れてきた者だ。君達こそ、こんな僻地にあれだけの建物を築いて……何者なんだ?」
「俺達は日本人で、ここは沖田平野だ。後ろに見えるのは俺達が開発した都市。勝手な侵入は許可できない」
あくまでここの土地の主権者は俺達であると譲らない意志を込めて、強めにそう伝える。男は一瞬だけたじろいだような挙動を見せると、先ほどよりも下手に出て話を続けた。
「すまない、無断で立ち入るつもりはなかった。……ただ、我々は飢えている。もし君達に食料の余裕があるならば、少し分けてはもらえないだろうか?」
「……話を聞こう」
争い事に発展する可能性は低いと判断した俺は、バイクを降りて交渉のテーブルにつくことにする。隣には柚希乃が警戒態勢を崩さないまま控えている。
「それで、リガニア王国とは?」
「ああ――――」
男が話した内容を総括すると。
俺達を召喚したルシオン王国が現在戦争中の敵国はヤークト帝国というらしいが、そのヤークト帝国が侵略した国は他にもあるという。
その一つが彼らの母国、リガニア王国だ。大陸の国家の中でも比較的国力が大きく、現状なんとか持ち堪えられているルシオン王国とは違って、小国のリガニア王国は碌な抵抗もできないまま滅亡してしまったらしい。彼らは旧リガニア王国の軍人とその家族とのことだった。
ヤークト帝国は敵対した者を決して許さない。軍人である彼らは徹底抗戦を主張したが、彼らの命懸けの抵抗も虚しく、帝国の巨大な軍事力に押されて弱小国家の命は風前の灯火となってしまう。敗戦後に家族にまで累が及ぶことを恐れて、降伏と同時に多数の旧軍人が難民として国外に逃げ出したらしい。
方々に散った彼らは、その多くが捕らえられるか行き倒れるかしたという。うまくルシオン王国に逃れられた者はそのまま兵士や将校として戦えたが、捕らえられた者は良くて捕虜、悪ければ強制労働や処刑の憂き目に遭ったそうだ。
そして今俺達の目の前にいるのは、行き倒れる寸前のグループ。……なるほど、状況は理解した。
「風の噂で同胞の行末を聞いた時は悔しくて仕方がなかった……。だが今は帝国と戦おうにも家族を、仲間を食わせていかねばならない。無茶を承知で頼みたい。私達にできる仕事はなんでもするから、どうか少しの間だけ食料の援助をお願いできないだろうか?」
そう言って目を瞑り、俺達に頭を下げてくるリガニア人の男。俺は柚希乃と顔を見合わせてから、視線を男に戻して言った。
「……ひとまず名前を教えてくれ。名前がわからないんじゃ、話もしづらいからな」
「私の名前はリオン・メテオール。リオンと呼んでほしい」
「じゃあリオン。具体的な話はこの後じっくり詰めたいが……お前達全員、この都市の住人になるつもりはないか?」
行くあての無さそうな彼らのことだ。断る選択肢は無いだろうと予想しつつ、そう訊ねる俺。我ながら性格が悪いな。
「私達が……この都市の、住人に?」
突然の移住提案に戸惑うリオン。今、彼の頭の中では物凄い勢いで電気信号とクエスチョンマークが飛び交っていることだろう。
「さあ、どうする? 住人になれば食料はもちろん、住居も、衣服も、仕事だって与えるぞ」
「そ、そんな上手い話が……」
「俺達にも事情があってな。別に一方的な施しというわけではないから、そこは安心してくれ。変な詐欺とかではないと約束しよう。まあ、そのあたりの詳しい話はあとでじっくりすればいいさ。とりあえずこの都市に住むか、住まないか。その意思を教えてくれ」
「……っ」
リオンは緊張した表情になり、額に汗を滲ませながら息を呑む。さて、彼はどういう答えを出すのか? 仲間になってくれるのか? くれないのか? ……楽しみだ。
「進次、悪い顔してるねぇ」
「そうか?」
どうやら俺は窮地に陥った人間を
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