第18話 二人の門出

 朝食を終えた俺達は、早速出発の準備を始めていた。今から王都周辺で仲間を探しつつ、近隣の街を目指すのだ。短い期間ではあったが、この家ともお別れである。


「なんだかもうすっかりこの家に愛着が湧いちゃったよ」

「残念だが、当分はここに戻ってくることはないだろうな……」


 万が一、追放仲間がここを訪れることがあった時のために、僅かばかりの水と食料(保存の効く干し肉のようなものを合成した)、そして置き手紙を残しておくことにする。

 手紙には、俺と叶森がここにいたことを日本語で記しておいた。日本語であればこの世界の連中に読まれることはないし、俺達を頼って向こうからなんらかのアクションがないとも限らない。とりあえずはこの国から出ること、仲間を募集していることだけがわかれば良いだろう。それ以外のことは特に書いていない。当の俺達にもまだどうなるかわかっていないんだから、書きようもないしな。


「出掛ける前に、テントだけは作っておくか」


 今のうちに作っておけば移動中にMPも多少は回復するので、いざという時のための備えにもなる。


「事情も事情だから、あまり豪勢なテントは作れないけどいいか?」

「とりあえず二人横になれるくらいの広さがあれば問題ないよ。どうせ今までも一緒に寝てたんだし、こ、これからも一緒でいいよっ」


 妙に早口でそう言う叶森。……何故か目が泳いでいて視線が合わない。


「悪いな」

「ううん、全然」


 年頃の女の子に気を遣わせているのは心苦しいが、これも生きるためだ。仕方がないことである。


「テントに関しちゃ、ほとんどMPも消費しないみたいだ」


 撥水素材のテントをイメージして【SF】を発動するだけで、簡単に創造できてしまった。ぶっちゃけこんなものはSFでもなんでもないような気がするが、それでも作れてしまう【SF】の汎用性には大助かりだな。


「ついでに寝袋も作っちゃうか」


 二人入れそうな、ゆったりめの寝袋も同時に創造しておく。作ってから、一人用を二つ作ればよかったことに気付いたが……まあわざわざ作り直すのもMPの無駄だしな。このままでいいか。


「さあ、準備もできたし行くとしようか」

「うん」


 お互いの武器を背負って、俺達はワンルームの平屋建てを後にする。荷物はバイクの後部座席のすぐ後ろにくくりつけておいたので、持ち物は特にない。


「ばいばい、異世界最初のおうち

「もしいつか余裕ができた時には、戻ってこれたらいいな」


 もちろん、またここに住むわけではないのだが。思い出の地として取っておくくらいはできるようになりたいものだ。


 ――――トトト……ドルルルルルッ!


 キックスターターを勢いよく踏んで、バイクのエンジンを始動させる。ここで失敗するとキックペダルの跳ね返り――――いわゆる「ケッチン」を喰らうので、怪我をしないように慎重に、かつ思いきり踏まねばならない。


「よっと」


 まずは俺がシートにまたがり、次いで叶森が後部座席に同乗する。


「うひゃー、高い!」

「振り落とされないようにしっかり捕まっておけよ」

「うん」


 そこまで乱暴な運転はしないつもりだが、この世界の道路状況は日本とはまったく違う。起伏の激しい悪路を走る上で、どうしても避けられない揺れは出てくるだろう。


「よいしょっと」


 叶森が俺の腰に手を回して、上半身をホールドしてくる。柔らかい二つの感触がむにゅんと背中に押しつけられるが、全神経を運転に集中して事故らないように気合いを入れる。


「じゃあ出発だ。まずは王都を視界の端に捉えつつ、ゆっくり一周しよう。それで駄目なら今度は街道沿いに王都から離れる。次の街に着いたら、そこで一旦移動を中止して捜索活動だ」

「オーケー、運転中の捜索は任せてね。視力二.〇オーバーの実力を見せてあげよう!」

「流石は狙撃手スナイパーだな」


 【銃士ガンナー】らしく、日本人には珍しいくらいに高い視力を持つ叶森が自信満々で腕まくりしている。俺は大人しく運転に集中して、前方の捜索だけを担当するとしよう。


 ――――ドドドド……


 クラッチを切り、左足を踏み込んでギアを一速に入れた俺は、スロットルを回してエンジンを蒸す。ゆっくりとクラッチを繋いでいくと、バイクは力強く発進した。


 ――――ドルルルルルッ……


 景色が流れていき、僅か二日とはいえ俺達の過ごした家がだんだんと遠くなっていく。

 長い旅になるだろう。もしかしたら仲間は誰一人見つからないかもしれない。だが、この旅の果てには俺達が目指す安住の地がきっとある筈だ。


 俺と叶森を乗せたバイクは風を切って走り出す。空は二人おれたちの門出を祝福するかのように青く澄み渡っていた。



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