夢を乗せて列車は走る④



 平均的な地方都市・戯崎ぎざき市の大動脈が、そのターミナル駅だった。

 勤務や通学のために都心部に出るべく、あるいは更に地方へ小旅行に出かけるべく、各路線が一堂に会しており、買い物や食事も楽しめる商業ビルも併設されている。高校は駅から坂を上った丘の上にあり、放課後に立ち寄れば心置きなく憩える場所だろう。


「…………」


 魔導犯罪――最悪、異世界災害もあり得る。

 そう危惧された場所とあって、気は緩まらない。月彦の胸中とは裏腹に、今朝あった自殺による人身事故の影響はすっかり抜け切り、日常を過ごす人達でごった返してた。


「事件があった路線はこっちね」


 暁奈が先導する形でぐんぐん進む。情報収集の折に構内地図も確認していたのだろう。フロアマップなど知らなくて当然な月彦だけでなく、良太郎もありがたく案内に従うことにしたようだった。良太郎の置かれた特異な境遇を思えば、利用頻度は決して高くないのかもしれない。迷わなくて済むのと同時に、考察に耽る時間も生まれたのは、思いがけない収穫だった。


 ――この事件は、原作ゲームには存在しない出来事だ。

 元の筋書きのとおりであれば、月彦は良太郎に敗北した後、不幸にもフリーランスの魔法使いに誤解されたまま襲撃を受けて死亡。同じような状況で助かる道も他にあったが、よしんば命からがら逃げのびたとしても、帰る先に皆本家のような団欒はない。甘言で惑わされて悪事の肥やしか、更なる巨悪に呆気なく一蹴されて死亡退場か……昨晩夢見を妨げかけた不安要素が、まざまざと浮かび上がる。


 今回の一件も、前月彦のバッドエンドにも絡む敵役が巻き起こしたのかもしれない……そう月彦は考えていた。新たな脅威の発生を勘繰るよりも、既に設置されていた地雷を知らずに踏み抜いたと見る方が自然だ。

 ならば、その地雷とは誰なのか。

 魔法使いサイドの狂人か、異世界サイドの魔王か、それとも二つにまたがって登場するフリーランスの魔法使いなのか――。


「あっ」


 バタンと小さな扉が閉まって、行く手を塞がれる。無賃乗車を厳しく咎める警告音が鳴り響いて、月彦はやっと己がミスに気がついた。


「ちょっと加地、なにボーっとしてんのよ」

「あ……ああ、ごめん」


 途中で飲み終えたカフェオレの缶を捨ててから、図らずも注意が散漫していたと恥じ入る。ICカードをタッチして、追って入場する。暁奈は怪訝な眼差しを向けていたが、甘んじて受け止めた。


 ここから先は特に気を引き締めなければならない。

 短期間で人を死に至らしめた原因を探るべく、月彦らはプラットホームへ続く階段を上がった。


「……普通だな」


 月彦も同意見だった。何人も死に追いやっていると聴いたのだ。目に見えて分かる異常を覚悟していたが、プラットホームにはなんら怪しい箇所はない。

 授業終了直後、アルバイトや遊びに直行する一番乗りの学生が過ぎ去ったためか、電車を待つ利用客の姿は少なからずいたが、辺りは概ね落ち着き払って静かなものだった。


「でも実際に見て分かったわ。どうしてこの路線のホームでばかり事故が起こっていたのか……」


 

 転落事故を防ぐ意味でもホームドアの設置は急がれているが、古くからあるプラットホームの中には重量耐久の観点から難しいケースも少なくない。その見本が嫌な形で目の前にあった。


 更に嫌なことに気づく。

 立地上、特急の多くは停車する――だが、


「なるほどね。交通事故が起こる仕掛けを作ったとして、その道路に死角があるとか、直線でスピードが出やすいとかっていった『後押しする要素』がなければ成立しない……そもそも交通量の少ない道路は、交通事故が起こる確率そのものが低いもの」


 自発的にせよ偶発的にせよ、元から人身事故が起こりやすい環境だったことを突きつけられて、身近な死因にゾッとする。


 ――デモ ホントウニ ソウカナ?


「上り下り合わせても大した時間はかからないだろうけど、取り敢えず、ここのホームの端から端まで見ないとな……」

「ちょっと待って……なにかしらこれ」


 暁奈がプラットホームの片隅にあった傷のようなものを、スマホで撮影する。カメラで注目されたそれは、歪んだ文字にも見える。


「仮にこれがなんらかの術式刻印だった場合、犠牲者の持つ要素を噛み合って、最悪の結果をもたらした……ってこともあり得るわ」

「犠牲者だけの共通点ってことか」


 ――キミニモ アルヨ キョウツウテン


 暁奈が見せた事故情報は、匿名性を配慮された事故時刻と運転見合わせ路線ぐらいしかなかった。職業、年齢、性別……なにかがトリガーとなったのならば、それはなんなのか。あくまで人身事故として怪しまれない程度に、人数が増え始めてから暁奈のような魔法使いが気づくくらいに静かに萌芽するものが。月彦も首をひねる。


「訊きたいんだけど、魔法の仕組みってどんなのがあるんだ?」

「え? そうね……電化製品を想像してもらえば近いかしら。電気に相当する魔力で、電化製品という術式を起動する。電化製品自体に汎用性があれば色々出来たりもするけど、基本はそんなに万能じゃないわ。電化製品って言っても要は自分だし、得意不得意や魔力量という制限もある。そういうのをクリアできるのが魔力と術式を兼ね備えた魔導具だけど、数は希少だしね」


 ――デモ ニンゲンハ 『キショウ』ジャナイ


「でもそうだな、これが漂着物の魔導具が引き起こしてる異世界災害だとしたらあり得る話だ」

「意図が読めないからその可能性も大きいけど、それならもっと分かりやすく魔力を発して術式が起動しているはずよ。罠みたいに仕掛けて、隠蔽工作してる魔導犯罪とも見れるわ」

「自発的か、偶発的か……」


 設定として魔法関係の情報こそ知っている月彦だが、こと推理となっては手も足も出ない。ならば手は無理でも地道に足で探すしかないと、顔を上げる。


「まずは手分けして探そう」


 狙いすましたタイミングで、電車の接近をアナウンスが知らせる。今ホームにいる人達が乗り込めば、しげしげと調べるのに怪しまれにくいだろう。


「正直、俺は足手まといにしかならないと思うから、」


 ――アシデマトイハ ドウスレバ イイカナ?


「どっちかについていく形で――」


 ――ソウ ツイテイコウ

 ――ドッチニ?

 ――


「っ――月彦!!」


 ぐらり、と。

 名前を叫ばれて、反射的に釘づけにされた視界が傾く。


 右手を強く掴まれて、世界はバランスを欠くのを止めた。


「…………え?」


 呆気にとられた声が漏れる。


 繋がれた手と、尻餅をついた良太郎、その視線と同じ高さの自分。

 鉄の塊が滑り込んでくる軋む音が間近で聞こえて、耳をつんざいた。


 青ざめている暁奈と、無遠慮に注目してくる周囲の人々……そこでやっと、月彦は自分の身になにが起こったのか得心がいった。


 


「っ」


 ヒ、と喉が鳴る。


 もしも良太郎が気づいていなければ、線路へと転落していた。

 しかも運悪く、停車しない特急だった。もしも巻き込まれていたとすれば……考えたくもない惨事となっていたに違いない。


 ミイラ取りがミイラになってしまった情けなさよりも、知らず術中にはまっていた恐怖が勝る。

 


「……調べるのは中止にしましょ」


 提案ではなく、決定の断言。


「あたしと天道も術式の掌中であることを否定できないわ。既に危険が及んでいる以上、もっと位の高い魔法使いに任せないといけない事象かもしれない」


 取り敢えず落ち着こうとベンチまで移動しながら、「さっき見つけた傷だけでも、あたしが自主的に調べてみるから……」と、間接的に「自分達では手に負えない」と暁奈は白旗を揚げていた。


「ごめんなさい」


 さらり、と黒髪が華奢な肩から流れ落ちる。隣り合って座った月彦の制服の布地を髪が撫で、淡い匂いが立ち込めた。


「考えなしに巻き込んでしまったあたしのせいだわ。首謀者だと疑う前に、被害に遭う危険性を考慮してなかった」

「お前だけの責任じゃねぇよ。止めなかった俺にだって非がある」


 「二人が悪いわけじゃない。参加を了承したのは自分だ」……そう言いたいのは山々だったが、月彦はうまく言葉が出てこない。あわや大惨事となりかけたためか、想像以上に強いショックを受けていたことを思い知った。


「……とにかく、今日は帰って休むことにするよ」


 精一杯の強がりで発した言葉に、良太郎も暁奈も、静かに頷いて受け入れてくれた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る