第25話 ピエトロ&アメーデオ

1056年10月中旬 イタリア北部 ピエモンテ州 トリノ ジャン=ステラ



「もーいーかい」

「「まーだだよ」」


こどもの声がトリノ城館の中庭に響いている。


朝は大分涼しくなってきたが、日中はまだ暖かい。

今日は雲も少なく、ぽかぽかの日差しとたまに吹くそよ風がとっても心地よい。


侍女のリータと一緒に昼さがりの散歩を楽しんでいたら、兄たちに捕まったのだ。


長兄のピエトロ(8才)と次兄のアメーデオ(6才)が僕を遊びに誘ってくる。

「たまには俺たちと一緒にあそぼうぜ」

「ジャン=ステラはいつも、アデライデとばかり遊んでいるもんね」


この2人は男子の子供部屋で一緒に過ごしているので仲良しである。

ピエトロの後をアメーデオがどこにでもついて回っている、という方が正しいかもしれない。


“あちゃぁ、 捕まってしまった”

正直なところ、この2人組と一緒に遊びたくはないのだ


だってね、2人とも元気いっぱい。 

走って飛んで、騒いで歌う。

棒があったら振り回すし、木があったら昇ろうとする。

擦り傷、うち傷なんのその。子供部屋でも中庭でも大暴れ。


子供にけがは付き物なのか、彼らの護衛は何も言わない。

前世の小学校で児童がけがをしようものなら、PTAとか保護者が文句をいいにやってきそうな事を考えたら、こちらの世界中世ヨーロッパはケガをする事にとても大らかである。


彼らと一緒に遊ぼうものなら、けがをするに違いない。

痛いのはもちろん嫌なのだが、理由はもう一つある。


前世で小学生だった頃の藤堂あかりは大人しめの女児だったのだ。

昼のお休みの時間も校庭で遊ぶよりも教室でおしゃべりしたり、図書館に行く事を選んでいた。

だから、クラスにいた乱暴者で言葉遣いの荒い同級生の事が嫌いだったのだ。


ううん。正確には嫌いというよりも、苦手意識を持っているという方が正しいと思う。

できることなら関わりたくないと、心が訴えてくる感じ。


ピエトロとアメーデオ。 この2人を見ていると昔の事を思い出してしまう。

なんとなくだけど苦手意識がむくむくと心の中で立ち上がってきてしまうのだ。


でも兄弟だもんね。仲良くしなきゃ。

そうは思っているんだよ。

でも、僕が2才だからと兄たちが手加減してくるとは思えない。

きっと乳母や護衛達も僕がけがするまで見守るだけで助けてはくれないだろう。


逃げ出したい気持ちをぐっと我慢して、なるべく体を動かさない遊びを提案した。


それがじゃんけんとまるばつ(三目ならべ)だった。


「グーが石で、パーが紙。 チョキはハサミ」

僕がそう説明したのだが理解してもらえなかった。


二人の兄たちは木から作った紙なんて見たことも触ったこともない。

たしかに僕も転生してからは見たことがない。


見たことがあるのは羊皮紙だけ。

その羊皮紙だって高価だから子供は触らせてなんかもらえない。


だからハサミで紙を切るなんてイメージできないのだ。


「なんだそれ?」

「それよりあっちの塀まで競争しようぜ」


いやいやいや。僕は体を動かしたくない。

「ねえ、お兄ちゃんたち。 僕がかけっこで勝てると思うの?」


僕たちは2歳児、6歳児と8歳児。

かけっこ勝負はだめでしょう。


別に負けるのはいいんだけど、確実に負けるとわかっているのに走りたくはないのだ。


「じゃあさ、まるばつしよう」

という事でルールを説明する。


短い木の棒で地面に井の形を書く。

交互に〇と×を順番に書いていき、先に3つ並べた方が勝ち。


これならルールも簡単だし頭だけで体を使わないで済む。


「じゃあ、実際にやってみようよ」

兄達を相手に、2~3回まるばつをしてルールを教え込んだ。


「かったー」「負けたー」

「あー、まるを見落としてた」


と、ひとしきりワイワイ楽しんだ。

わざと負けて、2人に華を持たせたりしたけど僕も楽しかった。


“少しは仲良くなれたかな”

兄弟が不仲であるよりも仲良しである方がずっといい。


姉妹は他所の貴族家に嫁いでいくから、大人になったら離れてしまう。

とつがなかった場合でも、出家して修道女になるからやはり一緒には暮らせない。


一方で兄弟の場合、当主と家臣という主従関係になったとしても、領地経営を共同で行ったりして身近で過ごすのだ。

だからアデライデねえと長い時間を過ごすよりも兄たちと一緒に遊んだほうがいい。


頭ではそう分かってはいるんだけどねぇ。

やっぱり、小学生男子は苦手なのである。


でも、今日はいい時間を過ごせたよ。

これまで一緒に遊ぶことのなかった兄たちと「安全」に遊ぶことができて満足満足。

そう。安全だった事を強調しておきたい。


「あとは2人で対戦してね。 僕はもう部屋にもどるよ」

僕は満足したので、もう子供部屋に戻ろうとピエトロとアメーデオに声を掛けた。


「「ちょっとまったー」」

見事に2人の声がはもった。

そして、手をむんずと捕まえられてしまった。


「もっと遊ぼう」

「遊びたりないよ」

「次は何して遊ぶ?」


畳みかけるように言われてしまったが、もう戻りたい。

でも手を離してはくれなさそう。


2人とも目がランランと輝いている。

遊びに飢えているんだろうなぁ。


長兄のピエトロは8才だから、今は騎士見習いとして大人に混ざって修行しているはず。

まぁ、領主の跡取り息子だからいろいろ手加減はされているとは思う。

それでもいやな事、大変な事や辛い事はあると思う。

小学生だって沢山の漢字を覚えないといけなかった。

みんな前で逆上がりを何度何度も失敗したのは恥ずかしいを越えて、辛かった。


うーん、ちょっと違うか。

だから、遊べる時に遊んでおきたいのかもしれない。


だから、もうちょっと遊んであげよう。


次はかくれんぼにした。

かくれんぼなら機敏に体を動かさなくていいから、体力はあまり使わないしね。


結局僕たちは、ピエトロの護衛が遊び時間の終わりを告げるまで遊んだ。


ーーーー


ジャン=ステラ  今日はよく眠れそう

ピエトロ     まだまだ遊びたりないぜ

アメーデオ    明日もあそぼう。ずっと遊ぼう!

ジャン=ステラ  勘弁してー


なかよきことはうつくしきかな、と。


ーーーーー

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