第490話 ある秋の大安吉日

 日本シリーズも終わり、秋季キャンプが終わると、いよいよプロ野球界はストーブリーグに入る。

(日本シリーズは熊本ファイアーズが下剋上を果たし、日本一になった。

 首位から11ゲーム差の3位のチームが日本一になったことについては、色々と物議を醸しているが、一ファンの目線では面白いのではないかと思う)


 11月には納会やファン感謝デー、そして今年は優勝旅行(inHAWAII)もある。

 契約更改もあるが、まずは若手選手から始まるので、僕は後の方である。

 まずはテレビ会議で下交渉をするそうだ。

 今年はチームは優勝したし、個人的には打率3割を打った。

 そして優勝を決める大事な試合で、神がかり的なサイクルヒットで全得点に絡む大活躍。

 大幅アップ間違いなしだろう。

(そうですよね?、球団職員の方々)


 そして今年はもう一つ行事がある。

 それは三田村と妹の結婚式だ。

 嫌な予感しかしない。

 できれば欠席できないだろうか…。

 

 秋晴れの雲一つない爽やかな朝。

 こんな日は家族でネズミーランドにでも行くべきではないだろうか。

 何で貴重なオフのこんな良き日に、堅苦しい服を着て、出かけなければならないのだろう。

 

「ほら、翔ちゃん、逃げないの。

 良い子にしていたら、パパが好きなオモチャを買ってくれるって」

 結衣はどこで買ってきたのか、子供サイズのタキシードを翔斗に着せようとしている。

 そのオモチャ代は当然家計から出るんだろうな。

 

 翔斗はそれを見て、禍々しい何かを感じたのだろう。

 スタコラと逃げ出し、タンスの隅に隠れている。


「ほら、あなたもちゃんと着て。

 ネクタイの結び方も知らないの?」

 矛先が僕に飛んできた。

 そう言う結衣は初めて見る水色のワンピースを着て、首には真珠のネックレスをつけている。

 それいつ買ったんだ?

 値段は怖くて聞けない…。


 式場は大阪市内のホテルだった。

 静岡オーシャンズの選手や、高校時代のチームメート等、招待客も多いので、大きめの式場を選んだらしい。


 母親を途中で拾い、タクシーでホテルに乗り付けた。

 車寄せに着くと、黒服をビシッと着たホテル職員の方がドアを開けてくれた。

 うむ、苦しゅうない。

 ちょっと偉くなったような気分で、タクシーを降りた。


 僕らは新婦側の控室に行った。

 部屋に入ると、妹は既に到着しており、ウェディングドレスに着替えていた。

  

 「綺麗だ…」

 僕は妹の花嫁姿を見て、不本意にも呆然と見とれてしまった。

 

「どう、お兄ちゃん?」

「ああ、綺麗だよ。馬子にも衣装という奴だ」

「ねぇ、それ意味を知っていて言っているの?」

「知っているから言っているんだ」


「それなら、お兄ちゃんこそ、真っ黒でカラスみたいよ。

 ほら、アホーって鳴くやつ。

 普段スーツなんて着慣れないから、着ていると言うより、スーツに着られているみたい。

 むしろ野球のユニフォームで参加したら?

 式場には入れてあげないけどね」

 

「別に来たくて来たわけじゃない。

 ほかでもない親友の三田村の結婚式だから、シーズンオフの忙しい合間を縫って出席してやっているんだ」

「式ではなるべく目立たないようにしていてよね。

 いっぱい友達も来ているんだから、いつものような粗暴で粗野で粗雑な振る舞いをして、恥ずかしい思いをさせないでね。

 そうだわ、ずっとトイレに行っていたら?」

「いつどこで俺が粗暴で粗野で粗雑な振る舞いをしたんだ。そもそもな…」

 

「ほらほらこんなところで、醜い兄妹喧嘩をしないの。

 あまり時間が無いんだから」

 母親にそう言われると、黙るしか無い。

 クソッ、口喧嘩では妹には勝てない。

 僕はプンスカ怒りながら、控室を出て、式場に戻った。

 結衣は翔斗をトイレに連れて行っている。


 結婚式は午前中にホテル内のチャペルで行われた。

 牧師さんの挨拶の時、上の瞼と下の瞼がくっつきそうになったが、グッと堪えた。

 翔斗は結衣に抱かれながら、ちょうど寝ていて静かだった。

 

 披露宴は午後から行われる。

 僕は親族として、来場者の出迎えをやることになっている。


「おう、久しぶり…でもないか、この間の杉澤さんの引退試合でも会ったしな」

 飯島さんと竹下さんが連れ立ってやって来た。

 今日はさすがに顔は赤くない。

 まあ、宴会が始まったらどうなるかわからないが…。

 

「よお珍しいもん着ているな」

 原谷さんが杉澤さんを伴ってやってきた。

 杉澤さんは先日正式に、静岡オーシャンズの二軍投手コーチ就任が発表された。

 「原谷さんこそ、似合わないですよ。ていうか、そのサングラスやめてもらえます?

 ヤ◯ザじゃないんですから」


 原谷さんは色付きのサングラスをしていた。

 スリーピースのダークスーツに赤いシャツ、白いネクタイ(うっすらと龍の刺繍が入っている)。

 これにサングラスをしていれば、とても堅気には見えない。

 その点、杉澤さんはさすがにTPOをわきまえている。


「谷口は?」

「はい、スポーツジムから直行するって言っていました」

「はぁ、あいつも変わらないな。

 いつになったら病気が治るのかな…」

 原谷さんこそ、「練習しないと死んじゃう病」にかかった方が良いのではないだろうか。

 シーズンオフとは言え、ちょっと膨れたお腹を見てそう思った。 

 

 

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