第472話 おいおいどうするよ?
試合が再開し、6回表。
京阪ジャガーズのマウンドは、先発3本柱の1人、宗投手に替わった。
京阪ジャガーズとしては、この優勝決定試合に全戦力をつぎ込む算段だろう。
となると、宗投手は投げても2イニングであろうから、最初からフルパワーで飛ばしてくる。
この回の先頭バッターは、9番のバーリン投手からの打順なので、当然代打だ。
札幌ホワイトベアーズは、ここでロイトン選手を代打に送った。
ロイトン選手は今シーズンの序盤は好調であり、湯川選手と二遊間を張っていたが、徐々に調子を落とし、その替わりに僕のスタメン機会が増えた。
ここまで打率.249、ホームラン7本と外国人選手としてはあまり良い数字ではない。
恐らく来シーズンの契約延長は厳しいと思うが、それでも腐ること無く、試合中はもちろん練習でも声を張り上げ、チームの雰囲気を盛り上げている。
大リーグ経験者のこういう姿勢は、若手選手にとっても良い手本になっている。
ロイトン選手はベンチを出る前に、僕に何かを言い残して言った。
タカハシ、何とかとしかわからなかった。
「今、ロイトン選手は何て言ったんですか?」
僕は近くにいた、バーリン投手担当通訳の山手さんに聞いた。
「これが現役最後の打席になるかもしれない。
高橋、何としても塁に出るから、後は頼む、というような事を言っていたな」
「そうですか…」
僕はネクストバッターズサークルに入りながら、打席に立ったロイトン選手を見つめた。
確かにいつもより思い詰めたような表情をしているように見える。
ポストシーズンもあるし、まだ打席に立つ可能性はあると思うが、ロイトン選手としては今シーズン限りで引退を考えていて、全打席最後かもしれないという思いなんだろう。
そしてロイトン選手は、ワンボール、ワンストライクから宗投手のエグいストレートを、バットを折りながらも、セカンド後方に落とした。
バットが折れなかったら、単なるセンターフライだったかもしれない。
気合で打ったヒットだろう。
ロイトン選手は一塁ベース上で小さくガッツポーズして、代走の野中選手と入れ替わり、ベンチに戻った。
そしてベンチに入る直前、僕の方を見て、握りこぶしで親指を立てて見せた。
それは後は頼むぜ、と言っているようだった。
僕は打席に入る前にベンチのサインを確認した。
ここは送りバントも有り得る場面だ。
だが、サインは特になし。
一塁ランナーが俊足の野中選手で、バッターは小技のできる僕。
相手バッテリーは何かやってくると警戒しているかもしれない。
送りバント、ヒットエンドラン、単独スチール。
いずれも有り得る。
初球。
外角へのストレート。
低めに決まった。
ストライクワン。
やはり速い。
バントをするにもこのスピード、このコースは厳しい。
敵もさるものである。
(宗投手は少し猿顔であるが、そういう意味ではありません)
2球目。
ベンチのサインは変わらず、「打て」。
投球はまたしても外角低目へのストレート。
僕は見送った。
ややコースを外れたか、判定はボール。
野中選手は走る素振りを見せているが、スタートは切っていない。
3球目。
ベンチのサインを確認した。
サインはヒットエンドラン。
ここで来ましたか。
宗投手も警戒をしており、牽制球を立て続けに3球投げた。
そして3球目。
投球と同時に野中選手はスタートを切った。
投球は真ん中低目へのスプリットか。
何とか右方向を狙って、バットを当てた。
そして打球は一二塁間に飛び、きれいにその間を抜けた。
マジか。
打球はライトまで到達し、一塁ランナーの野中選手は二塁を蹴って、三塁に向かっている。
僕は一塁ベース上で、控えめに小さくガッツポーズした。
おいおい、どうするよ。
これで3打数3安打だよ。
打率も.304まで上がったので、仮にこの後4打席凡退しても、3割は維持できる。
ていうか、あとスリーベースヒットを打てばサイクルヒット達成じゃないか?
こんな大事な試合で、こんな大活躍できるなんて。
僕は一塁ベース上で、武者震いをした。
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