第470話 チートタイム

 谷口の送りバント成功により、ワンアウト三塁。

 ここで迎えるバッターは今季はやや数字を落としているとは言え、それでもチーム1位の打点を挙げている、道岡選手。


 ここは車谷投手としては是非とも三振を取りたい場面である。

 初球、内角低目へのスプリット。

 道岡選手はこれをうまく三遊間に持っていった。


 京阪ジャガーズのショートは名手、木崎選手であり打球に追いついたが、ホームは諦め、ファーストに送球した。

 もちろん僕はホームインした。

 貴重な先取点だ。


 球場内からまたしても悲鳴に似た声が挙がっている。

 僕はそれを背中で心地よく感じながら、ベンチに戻った。


 一回裏、先頭バッターの中道選手がバッターボックスに立った。

 京阪ジャガーズファンからの声援が凄い。

 球場内にナカミチコールが轟いている。


 日本人投手なら、この完全アウェーの環境に怯むあるいは臆するかもしれない。

 しかしバーリン投手は日本語がほとんどわからない。

 きっとただの雑音にしか聞こえないだろう。


 そしてバーリン投手は京阪ジャガーズの上位打線を簡単に三者凡退に退け、淡々とベンチに戻っていった。


 そして2回表裏の攻撃は、両軍三者凡退に終わり、3回表を迎えた。

 この回は、8番の武田捕手からの攻撃であり、つまり僕に打順が回る。


 8番、9番と簡単に凡退し、ツーアウトランナー無しで僕の打順を迎えた。

 もしここで打てば、シーズン通算打率が3割に乗る。


 京阪ジャガーズ内野陣の守備シフトは、明らかにセーフティバントを警戒している。

 確かにここはヒットが欲しい場面だ。


 そしてシーズンに何回かある、狙っても良い場面でもある。

 しかしさすがは車谷投手。

 高さといい、コースといい、ストライクゾーンとボールゾーンギリギリを攻めてくる。


 瞬く間にカウントは、ツーボール、ツーストライクとなった。

 ここまではっきり言って、打ったとしてもヒットにできそうな球は一球もなかった。

 さてどうしょうか。


 5球目。

 外角低めへのカーブ。

 僕は手が出なかった。

 車谷投手はマウンドを降りかけたが、球審の手は上がらなかった。


 そして6球目。

 外角低めへのスプリット。

 かろうじてバットに当てた。


 7球目。

 またしても意表をつくカーブ。

 今度は内角に来た。

 ここは追い込まれているので、どうしても速い球を意識せざるを得ない。

 そして意識も外角に行きがちなため、この球には手が出ない。

 普通であれば…。

 

 どうせ、車谷投手の速い球を打ち返してもなかなか打球はヒットコースに飛ばない。

 だからこの打席、ずっとこの球を狙っていた。

 僕は腕を畳み、思い切り振り抜いた。


 打球は良い角度でレフトに上がっている。

 僕は軽くガッツポーズして、一塁へ走り出した。

 打球は大きな弧を描き、レフトスタンドの中段に飛び込んだ。

 自己最多のシーズン6号ホームラン。

 

 僕は京阪ジャガーズファンからの心地良い歓声(?)を背中に受けながら、ゆっくりとダイヤモンドを周り、そしてバックスクリーン横の大型ビジョンに打率.302となったのを確認しながら、ホームインした。


 これで2対0。

 札幌ホワイトベアーズベンチ、そして観客席の約1割弱を占める、札幌ホワイトベアーズファンは大盛り上がりである。

 ベンチ前では首脳陣、選手、勢揃いで待っていてくれた。

 その一人一人とタッチし、僕はベンチに戻った。


 すると麻生バッティングコーチがやってきた。

「高橋、打率3割になったし、ここで替わるか?」

「嫌です。最後まで出させて下さい」

「知ってる。わかってて聞いた。

 お前に打率3割は似合わない。

 あと2打席凡退して、打率2割台で帰ってこい」

「はい、全力を尽くします」


 そう言って、麻生バッティングコーチとグータッチした。

 リーグ優勝がかかる大事な試合で、2打数2安打、1ホームラン。

 自分で言うのも何だが、まるで出来の悪い野球小説の主人公のような、チート級の活躍だ。 

 


 

 

 

 


 

 

 

 

 


 

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