第459話 不安定な立ち上がり

「高橋さん、谷口さん、同点にして頂き、ありがとうございます」

 ベンチに戻ってきた僕と谷口に、鈴鳴投手が早速、お礼を言いに来た。

 なかなか可愛げのある奴だ。

 

「うむ、折角同点にしてやったのだから、そなたも頑張るのだぞ」

「何を偉そうに。

 ホームランを打ったのは俺だろう」

「バカヤロウ。俺が粘って塁に立て、盗塁をしてやったからこそ、甘い球が来たんだろう」

「いやいや、ランナーが一塁だろうが、二塁だろうがホームランを打てば一緒だろう」

「バカかお前は。

 いいか、ランナーが一塁と二塁ではピッチャーの攻め方が…」

 

「どちらもありがとうございました。次の回は抑えます」

「そうだ、その意気だ。

 もしお前が勝ち投手にならなかったら、色紙は子供のフリスビーにするって、新川さんが言っていたぜ」

「マジっすか。

 まあ燃やされないだけマシですが…」

 そう言い残して、鈴鳴投手は投球練習に向かった。


 この回の攻撃は同点までで終わり、鈴鳴投手が2回表のマウンドに上がった。

 頼むぞ、鈴鳴。


 だがこの回も鈴鳴投手はピリッとしない。

 ワンアウトを取ってから、ヒットとフォアボールで一、二塁のピンチを背負ってしまった。

 僕らはまたマウンドに集まった。

 

「君はあれかい?、ピンチを背負わないと燃えない、М気質なのかな?」

 武田捕手が言った。

「いえ、そんな事は無いです…。

 でもやっぱりプロの選手は良く打ちますね」

「そりゃ、プロだからな」


 鈴鳴投手としては、コースをついているし、ストレートも良いところに決まっている。

 しかしながら、ボール半個分外れたら、たちまちスタンドまで持っていかれるのがプロなのだ。


 甘い球を避けて、ストライクゾーンギリギリで勝負して、何とか抑えられる…かもしれない。

 プロとはそういう世界なのだ。

 

「鈴鳴。お前の持ち味は何と言ってもストレートだ。

 今日は打たれても良いから、腕を振って悔いのないように投げろ」

 道岡選手が声をかけた。

「はい、わかりました」

 鈴鳴投手の目つきがさっきと変わった気がする。

 

 そうだ。

 その目だ。

 サインだ何だと言っていて、簡単に抑えられる程、プロの世界は甘くない。

 全力を尽くして、持てる球をフル動員して、一人ひとり打ち取る。

 それが今の鈴鳴投手には大事なのだ。


 マウンド上の輪がほどけ、僕らは定位置に戻った。

「高橋、ショート行くからな」

「はい、任せて下さい」

 僕は道岡選手の声掛けに手を挙げて応えた。

 さあ、こっちに打ってこい。

 プロの先輩のプレーを見せてやる。

 

 そして次の打者の打球は、三遊間の深いところに飛んできた。

 僕は回り込んで抑え、セカンドにトスした。

 そして湯川選手からファーストに転送して、ダブルプレー。

 ピンチを脱した。

 

 しかし湯川選手も1年目から良くやっている。

 僕はベンチに戻る湯川選手を見ながら、改めてそう思った。

 規定打席にも到達しており、ここまで壁らしい壁が無かったように見えるが、僕は湯川選手の影の努力を知っている。

 

 寮に住んでいることもあり、恐らく練習量では谷口すらも凌駕するのでは無いだろうか。

 湯川選手は寮では一軍選手が使用する、一番良い部屋に入っているが、寮監の方も、夜中以外で湯川選手が部屋にいるのを見たことがないと言っていた。


 湯川選手は遠征先でもコンディションを整えるのを優先するので、僕らと食事に行くことも少ない。

(決してポジション争いのライバルだから、ハブにしているわけでは無いということをここで申しておく)


 ということで、何とか2回表を無失点に抑えた、鈴鳴投手は武田捕手と話しながら、ベンチに戻ってきた。

 

「高橋さん、ありがとうございました」

「なーに、あれくらいお安い御用だよ」

「そうだ。隆だから、好プレーに見えるが、プロではあれはイージーゴロだ」

 また谷口が余計なことを言う。

 

「あれが抜けていたら、レフトは穴だから、1点入っていただろうが」

「だれが穴だ。

 もし俺のところに来ていたら、ホームで刺してやったよ」

「ほう、一塁ランナーをか」

 僕と谷口が言い争いをしていると、鈴鳴投手はもう一度頭を深く下げて、キャッチボールにいった。 

 

 

 

 

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