第422話 気力、体力、時の運?

「高橋、守りにつきたいか?」

 金城ヘッドコーチに声をかけられた。

「はい、モチのロンです」

「よしわかった。

 じゃあ、次の回から上杉の替わりに入れ」

 え?、上杉選手は捕手である。

 僕はこれまで遊び以外で、捕手をやった経験はない。

 だが命令とあれば仕方が無い。

 

「はい、わかりました。

 上杉さん、キャッチャーミットを貸していただけますか?」

「あん?、バカかお前は。

 誰がお前をキャッチャーで使うよ」

 ひどい、バカと言われた…。

 これはモワハラ、パワハラでは無いだろうか。

 

「お前な、あくまでも上杉の打順に入れという意味だ。

 どうせお前はセカンドかショートしか守れないだろう。

 ロイトンの替わりにセカンドに入れという意味だ。バカ」

 門前内野守備コーチにもバカと言われた。


 あまり人をバカバカと言わないでほしい。

 本当に自分が馬鹿なんじゃないか、と思ってくる。


 この回、気落ちした安宅投手から下山選手もホームランを放ち、6対2と点差は4点になった。


 7回表から大磯投手がマウンドに上がり、受けるキャッチャーには武田捕手が入った。

 僕はセカンドの守備につき、ショートには湯川選手が入った。


 湯川選手は、多少の疲れがあるのか、最近はバッティングの調子を崩している。

 長いシーズン、好不調の波は必ずやってくるし、疲れも出てくる。


 どんなにアマチュア時代に活躍しても、ほぼ毎日試合がある暮らしは初めてだろう。

 ましてや湯川選手は開幕から、ほぼフル出場しているので、疲れが出てきて当たり前である。

 ここを乗り切れば、プロとして生きていく気力、体力がついてくるのだ。

 ちなみにプロ野球選手として大成するには、時の運を味方につけることも大事らしい。

 ウル◯ラク◯ズじゃあるまいし。


 マウンドの大磯投手は、大卒社会人卒7年目の右腕であり、今年31歳となる。

 カットボールとフォークボールが得意球であり、打たせてとるピッチングが持ち味である。


 野球の格言に「替わったところに打球がよく飛ぶ」というのがある。

 この回、その格言どおり、僕のところに立て続けに、強いゴロが飛んできた。


 僕はどちらも落ち着いてさばいた。

 これで大磯投手は簡単にツーアウトを取った。

 今シーズン、まだここまでエラーは無い。

 少なくとも記録上は。


 そして静岡オーシャンズのバッターは、俊足の新井選手。

 ワンボール、ツーストライクからの4球目。

 うまくショートゴロに打ち取った。

 よしチェンジだ。


 そう思った瞬間、湯川選手は打球を弾いてしまった。

 バウンドが少し変わったか。

 湯川選手は慌てて拾い上げて、一塁に送球したが、ワンバウンドし、ダンカン選手は後ろに逸らしてしまった。

 新井選手はそれを見て二塁に到達した。


 記録はもちろんエラー。

 湯川選手は天を仰いでいる。

 打球を弾いたのは仕方がない。

 直前でバウンドが変わる、難しい打球だった。


 だが結果論にはなるが、無理して投げることはなかった。

 ツーアウトランナー一塁と、ツーアウトランナー二塁では大きく違う。

 

 ツーアウトのため、打った瞬間、ランナーはスタートを切る。

 ランナーが一塁なら、シングルヒット1本ではホームには帰ってこれないが、二塁なら高い確率で返ってくる。

 ましてや、新井選手は足が速い。

 大磯投手にとっても、プレッシャーがかかる場面だ。


 キャップと僕ら内野陣は、マウンドに集まった。

「すみません」

 湯川選手は頭を下げた。

「なーに、点差は4点ある。

 1点は仕方がないと割り切って行こう」と武田捕手。

「そうだ。

 ツーアウトだし、一人打ち取れば終わりだ。

 しっかり守るぞ」

「はい」

 道岡選手の掛け声に、僕らは返事した。

 

「湯川、ドンマイ」

 輪がほどけ、守備位置に戻る前に僕は湯川選手に声をかけた。

 湯川選手は手を挙げて、応えた。


 次も2番の俊足、西谷選手。

 そしてその次は黒沢選手だ。

 何としてもここで切りたい。

 

 ところが大磯投手は西谷選手にフォアボールを与えてしまった。

 コースを狙いすぎたのか、西谷選手に見極められてしまった。


 ツーアウト一、二塁でバッターは、黒沢選手。

 うーん、大ピンチだ。

 

 


 


 

 


 

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