第412話 昔の約束?
湯川選手が右打席に入った。
初球、スプリット。
湯川選手のバットは空を切った。
さすが優勝チームの抑えの切り札。
球の伸びが凄い。
2球目。
ストレート。
湯川選手はファールを打ったが、バットが真っ二つに折れた。
凄い球威だ。
しかも右対右。
簡単に追い込まれた。
3球目。
外角へのスプリット。
湯川選手はバットを出しかけたが、何とか止めた。
判定はボール。
カウントはワンボール、ツーストライク。
そして4球目。
真ん中低目へのストレート。
湯川選手は必死に食らいついた。
打球はフラフラとセカンド後方に上がり、ライトの木内選手の前にポトリと落ちた。
ラッキーなヒットに見えるが、僕には技術で打ったヒットに思えた。
今の球は並のバッターなら打っても平凡なセカンドゴロであろう。
それを詰まったとは言え、うまくすくい上げ、ヒットゾーンに落とした。
僕は湯川選手の能力に、改めて底しれぬ凄さを感じた。
結局、7番の西野選手、8番の上杉選手と連続で三振に倒れ、湯川選手のヒットは得点には結びつかなかったが、簡単に3人で終わるのと、一人ランナーを出したのでは、次の回の雰囲気が全然違う。
そして9回裏。
お待ちかね(?)の新藤投手の登板である。
序盤はノーガードの打ち合いのような試合だったが、5対4のまま、9回裏まで来た。
点差はわずか1点。
今日も新藤劇場が開幕するか。ワクワク。
しかし今日の新藤投手はいつもと一味違い、京阪ジャガーズ打線を三者凡退に退けた。
チェッ。
つまんないの。
そう思いながら、僕はマウンド付近の勝利の輪に加わった。
今日のヒーローインタビューは、もちろん満塁から走者一掃のタイムリーツーベースを打った谷口。
一応、ロッカールームでヒーローインタビューを聞いていたが、真面目な受け答えに終止し、特に面白い事を言わなかったので、省略する。
この小説でヒーローインタビューの内容を取り上げてもらうためには、もっと話術の研鑽を積まなければならない。
谷口は野球の技術の向上も大事だが、エンターティナーとしてのスキル向上も必要だろう。
この試合の活躍を踏まえたのか、翌日の試合も僕はスタメンを告げられた。
今度はセカンドだ。
このまま好調を維持し続けることができれば、ロイトン選手と湯川選手で開幕から固定されている二遊間に割り込めるかもしれない。
この試合では湯川選手が1番、僕が2番でスタメンとなった。
(谷口は6番レフトだった)
そして湯川選手は4打数2安打、僕は3打数1安打、フォアボール一つとそれぞれ2回ずつ出塁し、チームは7対1で快勝した。
これで首位を争う京阪ジャガーズとの直接対決に連勝し、チームは0.5ゲーム差ながら首位に浮上した。
そして3戦目はベンチスタートとなり、8回裏の守備からロイトン選手に替わり、セカンドの守備についたが、打席は回ってこなかった。
臥薪嘗胆の日々が続く。
(高橋選手は〇〇の一つ覚えのように、この言葉が気に入ったようですね。作者より)
ゴールデンウィークを過ぎて暫く経つと、今年もスカイリーグとの交流戦の季節がやってくる。
交流戦は古巣の静岡オーシャンズ、泉州ブラックスと対戦できる数少ない機会であり、密かに楽しみにしている。
昨年は両チームともアウェーでの対戦だったので、今回は札幌ホワイトベアーズの本拠地であるどさんこスタジアムでの試合となる。
昔は普段、遠征にいかない場所に行くと、羽目を外す選手もいたらしいが、最近は自分のコンディション維持に気を配る選手が多い。
泉州ブラックスの約2名を除いては…。
「よお、久しぶりだな。
約束、覚えているか?」
泉州ブラックスの選手が球場に入ってきたので、挨拶に行こうとすると、先に岸選手と高台捕手が札幌ホワイトベアーズベンチにやってきた。
「約束ですか、何でしたっけ?」
僕はとぼけて答えた。
「忘れたのか?
札幌で試合があった際には俺と高台をすすき野に招待してくれると、約束しただろう。お前のおごりで」
僕は260話を読み返したが、案内するとしか言われていない。
しかも僕はそれすらイエスとは回答していない。
そう伝えると、「案内するということは当然費用も招待した側が持つのが、プロ野球の伝統だろう」と言われた。
僕もプロ野球の世界で9年目を迎えたが、それは初耳である。
ていうか、年俸2億円と1億1千万円の選手が、小遣いすらままならない哀れな選手にたかるのはコンプライアンス上、どうだろうか。
一応前もって結衣に申請すれば、予算が下りる場合もあるが、相手が岸選手と高台選手と聞いた時点で、即却下となるのは火をみるよりも明らかである。
結局、第3戦の後、すすきのを案内することを約束させられた。
結局、奢ってくれるそうなので、まあいいか。
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