第409話 気合の投球

 3回表は加藤投手の前に三者凡退に終わり、その裏から札幌ホワイトベアーズは大卒2年目左腕の大道寺投手をマウンドに送った。


 一昨年のドラフト2位で入団した期待の若手であったが、1年目のオープン戦ではワンアウトも取れず8失点という屈辱を受けた。(288 話)

 しかしそこから這い上がり、今シーズンは開幕一軍を勝ち取ったのだ。


 3回裏、大道寺投手は勢いに乗る京阪ジャガーズ打線をヒット1本に抑えた。


 そして4回表に打席が回ってきたが、代打は出されなかった。

 大道寺投手としても、このようなチャンスを掴んでこそ、この先が開けるだろう。


 4回裏も大道寺投手は、持てる球種をフルに使い、ヒット2本を打たれたものの、無失点に抑えた。


 点差は変わらず5対4のまま、5回表となった。

 この回は僕からの打順だ。

 京阪ジャガーズのマウンドは、引き続き加藤投手。

 序盤に5点を失ったものの、3回、4回と三者凡退に抑えている。

 このまま、加藤投手の術中に嵌まらないためには、この回の先頭バッターである僕が簡単に凡退しないことが大事だろう。

 

「高橋、ちょっと」

 ヘルメットを被り、バッターボックスに向かおうとしたら、パンチパーマの麻生バッティングコーチに呼ばれた。

 

 なんざんしょ。

「この打席、お前のミッションは何だ?」

「はい、塁に出ることです」

「そのとおりだ。

 死んでも塁に出ろよ。

 出なかったら、今日の晩飯はお前の奢りだぞ」

 すみません、これはゆすり、たかりではないでしょうか?

 コンプライアンス相談窓口に連絡しないと。

 

「じゃあ、塁に出たらご馳走してくれるんですね」

「……。まあ、というわけだ。成功を祈る」

 麻生バッティングコーチは、きっと僕の肩の力を抜くためにジョークを言ったのだろう。

 そうに違いない。

 そうでなければおかしい。


 そして僕はフルカウントまで粘ったものの、外角低目へのチェンジアップを見逃し、三振してしまった。

 完全にボールだと思い、一塁に歩きかけたが、判定はストライク。

 うーん、仕方が無い。


 僕がベンチに戻り、麻生コーチとすれ違うと、「今日は〇〇苑の焼き肉だな」という声が耳に入った。

 えーと、コンプライアンス相談窓口の電話番号は…。


 結局この回も加藤投手の熟練の投球術の前に、三者凡退に終わってしまった。

 そして5回裏のマウンドにも大道寺投手が上がった。

 もしこの回を無失点で抑えて、チームが勝ったら、大道寺投手にプロ初勝利がつくかもしれない。


 だが大道寺投手はツーアウトながら、一二塁のピンチを背負ってしまった。

 そしてバッターは、強打者、下條選手。

 矢作ピッチングコーチがマウンドにやってきて、僕ら内野陣もマウンドに集まった。

 

「どうする、替わるか?」

「いえ、ここは投げさせて下さい。絶対に抑えます」

 大道寺投手は真剣な顔をして訴えた。

 

「そうか、わかった。

 ここは任せた。

 バックも頼んたぞ」

「了解です」

「任せとけ」

 僕らは口々に言って、ポジションに散った。


 どれだけ練習するよりも、このような場面で抑えた経験こそがピッチャーを成長させる。

 矢作ピッチングコーチは長年の経験でそれがわかっており、恐らくベンチのピッチャー交替の声に対し、大道寺投手の続投を進言したのだろう。


 そして初球。

 カットボールを下條選手は捉えた。

 だが打球はレフト谷口の正面。

 谷口はガッチリと捕球した。

 

 大道寺投手はその瞬間、マウンド上でグラブを叩き、吠えている。

 毎回ランナーを出したものの、3回を無失点。

 良く試合を立て直した。

 点差は5対4のまま、後半に入った。

 

 


 


 


 



 


 

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