第410話 アピールタイム
6回表も京阪ジャガーズのマウンドには、加藤投手が上がった。
序盤に大量失点を喫しても、崩れないところは流石だと思う。
この回はノーアウトから4番のダンカン選手がヒットで出塁したが、続く下山選手が併殺打に打ち取られ、結局3人で攻撃を終えた。
そして6回裏からは、札幌ホワイトベアーズの誇る救援陣が控えている。
6回を任されるのはご存知、札幌の寅さんこと、鬼頭投手。
例の登場曲の中、マウンドに向かい威力のあるストレートで三者凡退に抑えた。
顔は厳ついが、ポケモン好きでグッズを集めている一面もある。
そして7回表、札幌ホワイトベアーズラッキーセブンの攻撃も加藤投手の前に三者凡退に終わった。
うーん。
勝っているとは言え、1点差。
まだ勝負はどう転ぶかわからない。
次の回は僕からの打順だ。
出塁して、チャンスメークしたい。
プロの世界では1点でも勝っているというのは、とても大きい。
なぜならば、各チーム、チームでも力のあるピッチャー、つまり勝ちパターンの投手を次々と繰り出すからだ。
札幌ホワイトベアーズは終盤に1点でも勝っていると、一部では「勝ちパターンでクルデス」と言われている。
つまり、鬼頭投手、ルーカス投手、大東投手、新藤投手のローマの最初の文字を並べるとKRDSとなる。
地元の新聞が無理やりこじつけたものであり、ファンの間でもあまり浸透していない。
さて試合に戻ろう。
7回裏にマウンドに上がるのはルーカス投手。
日本球界2年目であり、190cmを越える長身から、勢いのあるストレートとツーシームが武器の投手だ。
そしてルーカス投手はツーシームで打たせて取るピッチングで、京阪ジャガーズのラッキーセブンの攻撃を三者凡退に抑えた。
8回表、京阪ジャガーズも継投に入る。
加藤投手に変わってマウンドに上がったのは、セットアッパーの造田投手。
左腕の金山投手という選択肢もあったのだろうが、この回、僕と谷口と右打者が続くので、右腕を送り込んだのだろう。
造田投手は髪を伸ばしており、どうやら救援に失敗するまでは切らないようだ。
口髭も蓄えており、これは恐らく童顔を隠すためだろう。
約180cmのスリムな体形から、威力のあるストレート、落差のあるフォークを操る。
そしてスライダー、シンカーも持ち球にあり、これも頭に入れておく必要がある。
そのように考えながら、バッターボックスに向かおうとしたら、パンチパーマのヤ◯ザじゃなかった、麻生コーチが手招きしている。
何だろう。
「高橋、この回のお前のミッションは?」
「はい。できるたけ粘って、あわよくば出塁することです」
「違う。絶対に出塁することだ。命に替えてでも、出塁しろよ」
バッターボックスに入る前にあまりプレッシャーをかけないで頂きたい。
僕は軽く頷き、バッターボックスに向かった。
軽々しく、絶対に出塁するなんて言えないが、全力は尽くす所存だ。
初球。
外角低めへのスライダー。
惚れ惚れするようなボールだ。
ホームベースの角を掠めて、ボールゾーンに逃げていく。
打てるか、こんな球。
判定はストライク。
2球目。
同じく外角低めへのスライダー。
これも見送った。
さっきよりも少し遠く見えたが、判定はストライク。
2球で追い込まれた。
さすがに今のはボールではないだろうか。
だが僕はなるべく平静を装い、表情を変えないように努めた。
3球目。
次は落ちる球、すなわちシンカーかフォークで来るか。
しかしまたもやスライダー。
何とかファールで逃げた。
4球目。
今度こそ落ちるボールと予想した。
だが投球は内角低めへのストレート。
全く手が出なかった。
とっさに球審の顔を見たが、腕は上がらない。
造田投手は少しムッとしたような顔をした。
ストライクゾーンに投げきったと思ったのだろう。
だがカウントはワンボール、ツーストライク。
不利な状況は変わらない。
5球目。
真ん中低目へのフォーク。
これは読んでいた。
うまくバットの先で拾った打球は、セカンドの頭の上を越え、センター前に落ちた。
よし、これで3打数2安打。
第2打席もデッドボールで出塁していたので、4打席中3打席で出塁したことになる。
ベンチに向けて、良いアピールになったのではないだろうか。
さあ谷口。
鬱陶しい造田投手の髪を切らせてやれ。
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