第373話 レギュラーシーズン(8年目)終了
続くダンカン選手は、センターへの大きな当たりだったが、センターの水沢選手が背走して、打球を掴み取った。
水沢選手は俊足で、オールスターにも選ばれる程の守備の名手であり、並の選手だったら、間違いなく頭を越していただろう。
岡本投手はマウンド上で、大きく手を上げ、拍手した。
この回、札幌ホワイトベアーズにとっては良い当たりを好捕され、不運だった。
もし道岡選手とダンカン選手の当たりが抜けていたら、3点を取って、まだノーアウト二塁だったかもしれない。
1回裏、マウンドに立った五香投手は、1番の先程好プレーの水沢選手にスリーベースヒットを打たれてしまった。
おい、コラ。
2番、3番は三振と内野フライに抑え、ツーアウト三塁の場面で、迎えるは引退試合の桃谷選手だ。
初球。
ツーシーム。
桃谷選手はフルスイングしたが、バットは空を切った。
当たれば、スタンドインという凄いスイングだ。
歳はとっても、そのパワーは衰えていないように見える。
2球目。
外角へのチェンジアップ。
これも桃谷選手はフルスイング。
だが空振り。
しかしながら球場の大部分を占める、岡山ハイパーズファンは大きく湧いている。
そして1球ボールを挟んでの4球目。
ツーシームを捉えた打球は、三遊間に飛んできた。
僕は必死に横っ飛びして、打球を抑えた。
そしてすぐさま立ち上がり、踏ん張って一塁に送球した。
これは投げても内野安打だろう…。
バッターランナーが普通の脚力を持っていれば…。
結果は余裕のアウト。
横断幕のとおり、ドタドタと走る姿はまるでドラえもんである。
チャンスを逃したにも関わらず、球場内から笑いが漏れた。
桃谷選手は手を上げて、声援に答えながらベンチに戻っていった。
試合は3回に札幌ホワイトベアーズ打線が奮起し、僕のタイムリーヒットと、谷口のツーベースヒットで、2点を先制した。
そして五香投手は、7回を1失点と踏ん張った。
(プロ初先発の岡本投手は、4回途中、ワンアウト満塁の場面で降板した)
そして2対1のまま、9回裏を迎えた。
ツーアウト、ランナーは二塁。
バッターは桃谷選手。
泣いても笑っても、現役最終打席だ。
ここまでは3打数ノーヒットである。
マウンドは大東投手。
いつもなら、抑えは新藤投手だが、今日は桃谷選手の引退試合ということで、同年代の大東投手をマウンドに上げたのだろう。
大東投手はスライダーとチェンジアップでツーストライクと追い込み、ボール2球を挟み、カウントはツーボール、ツーストライクとなった。
5球目を投げる前、大東投手は上杉捕手のサインに何度か首を振った。
そして投じたのは渾身のストレート。
桃谷選手はフルスイングした。
打球はレフトに上がっている。
僕はショートの守備位置から打球を目で追った。
そしてボールはそのままレフトスタンドに飛び込んだ。
まさかの現役最終打席での逆転サヨナラツーランホームランだ。
桃谷選手にとっては今シーズン初ヒットでもある。
桃谷選手はしばらく打ったそのままの姿で、打球の行方を見守っていたが、ホームランとわかると、ゆっくりとダイヤモンドを一周した。
三塁を周る時には、既に涙と笑顔で顔をクシャクシャにしていた。
ホーム付近では、岡本ハイパーズの選手達が待ち構えている。
球場内はもちろん大きく湧いている。
そして僕はベンチに戻りながら、引き上げる大東投手の横顔を見た。
微かに笑みを浮かべていた。
僕にはわかっていた。
大東投手は決して手を抜いた訳ではない。
そんな事をしては、逆に桃谷選手に失礼である。
もし違う球種を投げていたら、三振を取れたかもしれない。
だが最後に渾身のストレートを選択した。
力と力の勝負。
大東投手は間違いなく、抑えに行った。
それを桃谷選手は見事に打ち返したのだ。
僕らはレフトスタンド側の札幌ホワイトベアーズファンに挨拶に行き、胴上げされている桃谷選手を横目にベンチに戻った。
レギュラーシーズンは終わったが、札幌ホワイトベアーズにはまだ戦いがある。
僕にとってはプロ8年目にして、初めて主力として出場するクライマックスシリーズだ。
僕は改めて気合を入れた。
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