第370話 ベンチスタート組でチャンスメイクだ
試合は浅利選手のタイムリースリーベースで取った1点を守ったまま、7回裏を迎えた。
点差は1対0。
仙台ブルーリーブスの、1番からの好打順だ。
札幌ホワイトベアーズのセットアッパーのルーカス投手。
必勝パターンに入った。
簡単にツーアウトを取ったが、3番のメンディ選手がヒットで出塁し、4番の深町選手に逆転ホームランを打たれてしまった。
終盤での逆転は痛い。
これで仙台ブルーリーブスも、必勝パターンの継投に入る。
2対1と逆転された、8回表、この回は7番の浅利選手からの打順だ。
仙台ブルーリーブスのマウンドには、左腕の秋波投手。
最近15試合連続で無失点を続けており、打ち崩すのは難しい投手だ。
その秋波投手相手に、浅利選手はバットを短くもって粘りに粘り、10球目をフォアボールを選んだ。
貴重なノーアウトのランナーである。
ということは?
「高橋、代走だ」
待ってました、という心境である。
やはり野球選手は試合に出てナンボだ。
与えられた役割をきちっと果たしてこそ、プロだ。
僕はトレードマークの青いスライディンググラブをはめ、一塁に向かった。
「高橋、頼んだぞ」
すれ違う時に浅利選手に声をかけられ、タッチした。
「はい、任せてください」
浅利選手は僕よりも年上であり、僕が入団してから控えに周って、面白いはずはない。
でもベンチではいつも声を出していたし、出場する際は全力でプレーしていた。
時々、チームの事情で2軍に落ちることもあったが、それでも腐らずに頑張っている姿を見てきた。
ここ2、3年、一軍に定着し、僕はそういう姿勢を忘れていたかもしれない。
今日、スタメン落ちし、浅利選手のプレーを見てそう思った。
規定打席に到達したとは言え、飛び抜けた数字を残しているわけではない。
まだまだレギュラーの座に安穏としている立場では無いのだ。
一塁ベースにつき、リードを取った。
浅利選手が勝ち取った貴重な同点のランナーだ。
間違っても牽制球で刺されるてはいけない。
ここは大胆かつ慎重なリードをする必要がある。
マウンドの秋波投手はベテランであり、牽制球が特に上手い。
要注意だ。
集中しなければ。
僕はベンチのサインを見た。
サインは送りバント。
上杉捕手はバッティングが得意だが、ここは堅実にということだろう。
初球。
上杉捕手は、バントを失敗し、フライとなってしまった。
これでワンアウト。
次はルーカス投手の打順。
ということは代打だ。
代打候補には、右なら谷口、左なら今泉選手がいる。
秋波投手は左腕なので、ここは右打ちの谷口が出てきた。
頼むぞ。
ホームに返してくれよ。
谷口は素振りを2回して、屈伸してから打席に入った。
気合が入っているのが見て取れる。
ここはベンチスタートコンビで同点に追いついてやろうぜ。
僕はベンチのサインを見た。
サインはグリーンライト。
隙があれば、自己責任で盗塁して良いということだ。
秋波当社は左腕なので、ずっと一塁側を向いている。
人によって違うと思うが、僕は左腕の方が走りやすいと思っている。
なぜならば、ずっとこっちを見ているので、牽制球を投げる動作を感知しやすいからだ。
リーリーリー。
僕は大きくリードを取った。
ここは何としても二塁に進みたい。
相手バッテリーはもちろん二塁には進めたくない。
だから立て続けに3球、牽制球が来た。
初球。
キャッチャーの秋保捕手が立ち上がり、秋波投手は一球外してきた。
僕はスタートを切っていない。
投球はもちろんボール。
牽制球が2球、立て続けに来た。
そして2球目。
僕は走る素振りを見せたが、途中でストップ。
この間の投球も外れ、ボール。
カウントはツーボール。
僕はサインを確認した。
ヒットエンドラン。
次はストライクが来ると読んでの作戦だろう。
そして3球目。
真ん中低めへのストレート。
谷口はうまく右方向に流し打ちした。
打球は一、二塁間を抜け、ライト前ヒット。
僕はスタートを切っていたので、二塁を蹴って三塁に到達した。
これでワンアウト一、三塁。
同点の大チャンスだ。
そして打席には1番の西野選手が向かった。
西やん、頼みましたよ。
僕は三塁ベース上から、軽く手を挙げた。
「おう、まかせとけ」
西野選手はそう言うかのように右手を挙げ、ヘルメットのつばを触った。
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