第345話 五香対古巣

 岡山ハイパーズは五香投手の古巣である。

 岡山ハイパーズ時代の五香投手は、投打の二刀流に挑戦したものの、どちらもパッとせず、4年で戦力外通告を受けた。


 育成契約の打診は受けたようだが、彼としては何かしら環境を変える必要があると考えて断ったらしい。

 そこから3年間、アメリカの独立リーグ、マイナーリーグを経て、一時的とは言え、大リーグに昇格するまで這い上がった。

 見かけはヒョロっとしているが(身長185cmある)、なかなか剛毅な漢である。


 その彼が古巣相手に先発である。

 きっと思うところはあるだろうし、岡山ハイパーズとしても返り討ちにしてやろうと考えているだろう。

 そういう意味ではファン、そしてマスコミ注目の試合と言える。


 1回表、岡山ハイパーズの攻撃。

 先頭バッターはリーグ屈指のリードオフマンであり、チームきっての人気選手の水沢選手。

 もちろんオールスターにファン投票で選ばれている。


 その水沢選手に、五香投手は先頭打者ホームランを打たれてしまった。

 初球のスライダーが甘く入ったのを、水沢選手は逃さなかった。

 さすがだ。


 五香投手はしばらく呆然と打球が飛んでいったレフトスタンドを見ていたが、すぐに切り替えたようで、次の敷村選手に向かい合った。


 敷村選手は守備が上手く、小技も得意だが、長打力はあまり無い。

 その敷村選手にはスリーボール、ワンストライクからライトオーバーのスリーベースヒットを打たれてしまった。


 僕ら内野陣はマウンドに集まった。

「どうした、調子悪いのか?」と上杉捕手。

「いえ、むしろ調子は良いです。次は抑えます」と五香投手は答えた。

 

「内野陣はバックホーム体制だ。

 内野ゴロなら、ホームで刺すぞ」

「了解」

「OK」

 上杉捕手の掛け声に、僕らは応えた。


 迎えるバッターは、3番のベイス選手。

 2球で追い込んだが、コースを狙いすぎたのか、フォアボールを与えてしまった。

 これでノーアウト一、三塁で4番の倉田選手。

 初回から大ピンチを迎えた。


 ツーボール、ワンストライクからの4球目。

 鋭い打球がライトを襲った。

 少なくとも外野フライにはなるだろう。

 

 これでタッチアップでもう1点は必至だ。三塁ランナーの敷村選手も足は速い方だし…。

 そう思っていたら、ライトの西野選手が打球を捕球するやいなや、素晴らしい送球をホームに送ってきた。


 判定はアウト。

 岡山ハイパーズベンチは、リクエストはしなかった。

 さすが西野選手。

 五香投手は手を叩いて、喜んでいる。


 これで息を吹き返したのか、五香投手は次の5番の本田選手を三球三振に打ち取り、立ち上がりを最少失点の1点で終えた。

 

「おつかれ」

 僕はタオルを渡した。

「意識しないようにと心がけていたけど、どうしても意識してしまったな」

 五香投手は悔しそうに言った。

 

「古巣相手に意識するな、という方が無理だ。

 俺なんか、静岡と泉州との交流戦の時は意識しまくりだったぜ」

「まあ、そうだよな。

 次は開き直って投げるさ」

「そうだ。

 1点くらいすぐに取り返してやるさ」


 普段は1番バッターなので、こんな風に悠長に会話していられないが、今日は9番でのスタメンである。

 しばらく打席は回ってこない。


 1回裏の札幌ホワイトベアーズの攻撃は三者凡退に終わり、五香投手は2回表のマウンドに立った。


 この回の先頭バッターは、6番の高輪選手。

 五香投手がドラフト9位で入団した時の1位の選手だ。

 五香投手は同じ高卒入団ということで、並々ならぬライバル心を持っているようで、高輪選手が打席に立つと、さっきまでと顔つきが明らかに変わった。


 高輪選手は入団3年目からレギュラーを獲得したエリートであり、五香投手は4年で戦力外になった。

 別に仲が悪かったわけでもないようだが、ここは勝負の世界。

 対峙すると真剣勝負である。


 初球。

 いきなり内角高目へのストレート。

 高輪選手は仰け反って避け、五香投手を睨んでいる。

 だが五香投手は表情を全くかえない。


 2球目。

 外角低めへのストレート。

 遠く見えたのか、高輪選手は見送って、ストライク。


 3球目。

 スライダー。

 ボールゾーンからストライクゾーンに変化し、外角低めギリギリに決まった。


 そして4球目。

 ストライクゾーンからボールゾーンに落ちるフォーク。

 高輪選手のバットは空を切った。


 高輪選手は悔しそうに天を仰ぎ、やがてベンチに引き上げていった。

 五香投手の表情からは伺いしれないが、思うところはあるだろう。

 だがまだワンアウト。

 締まっていこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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