第344話 前半戦ラストスパートだ!!
「おう、どうだった」
ロッカールームに戻り、着替えてグラウンドに出ると、谷口と五香が近づいてきた。
「ああ、トレードだ」
「そうか。やっぱりな」
「知っていたのか」
「ああ、素行不良のお前を抱えておくのは、チームとしてもリスクだからな」
「で、どこ行くんだ。
根室か?、波照間か?」
「いや、稚内か青ヶ島だろう」
そこにはプロ野球チームは無い。
「オールスターだよ」
「えー」
二人とも大げさに声を出した。
「嘘だろう。
そんな事が起こりうるわけない」
「あー、天は我らを見放したか」
「貴様ら…」
「五香の予想が当たったな」と谷口。
「まあ、時期的にな。
確か監督推薦は今日発表のはずだからな」
そうか、さっきコソコソと話していたのはこのことだったのか。
僕は自主練習が終わると、結衣に電話をかけた。
「もしもし」
「どうしたの、練習中じゃないの?」
「実はさ、オールスター休みは温泉に行けなくなったんだ」
「ふーん、そう」
電話口の結衣は素っ気なく答えた。
「残念じゃないの?」
「別に。だって、私と翔斗は行くわよ」
「でも翔斗と2人だけでは大変じゃないの」
「大丈夫よ。
麻衣さんとお義母さんもいらっしゃるし…」
「え?、初耳だけど」
「だって麻衣さんが、来ないわけ無いでしょ。
社会人になったから、飛行機代は自分で出すって」
宿代も払えや。
「でも何で行けなくなったの?、練習?」
「いや、オールスターに出ることになった」
「ふーん、手伝い?」
「選手としてだよ」
「え?、フレッシュオールスターは5年目までじゃないの?」
「一軍のオールスターだよ」
「え?、嘘でしょ」
「本当だよ」
「…。本当に?」
「うん」
「…」
電話口ですすり泣くような声が聞こえた。
「聞いてる?」
「うん…。でもまさか…」
「僕も驚いたよ。
まさか自分がオールスターに出られるなんて」
「でもよくここまで来たわね…」
「本当だよ。プロに入った時は、大学行った奴が入ってくる5年目までは、現役でいたいと思っていたけど…」
「まさかオールスターに出られるなんて…」
「応援に来てくれるかい?」
「もちろんよ」
「宿はキャンセルかな」
「そうね。でも大阪は実家から行けるとして、熊本のホテルを取らないとね」
今回、札幌ホワイトベアーズからは、僕の他にファン投票で青村投手、道岡選手が選ばれており、その他に選手間投票で、大東投手、監督推薦で新藤投手が選ばれていた。
試合前練習をしていると、テレビ局や新聞社、野球専門雑誌の記者等が取材に来た。
「オールスターに選ばれた感想を一言」
「オールスターでは誰と勝負したいですか?」
「誰と話すのが楽しみです?」
「オールスターではどんな活躍をしたいですか?」
「オールスターの品位が下がってしまうことについて、どう考えていますか」
「お前が選ばれるなんて、オールスターの価値も落ちたもんだ。俺が現役の頃なんてな…」等々。
いいんだ。
何を言われても。
オールスターに選ばれるなんて、名誉な事だ。
しかも二試合目は勝手知ったる泉州ブラックスタジアムでの試合だ。
いっちょ、やらかしてやろう。
(その前に試合に出られればだけど…)
3位を盤石なものとしたい、札幌ホワイトベアーズにとって、最下位、岡山ハイパーズ戦は少なくとも勝ち越したい。
初戦は青村投手が完封勝ちし、2試合目は稲本投手が初回に4失点したものの逆転勝ちし、連勝で3試合目を迎えた。
僕はこのカード2試合で、8打数ノーヒット、フォアボール2つと全く当たっていなかった。
このままでは打率も下がってしまう。
いい状態でオールスターを迎えたいものだ。
今日のスタメンは以下の通り。
1 西野(ライト)
2 谷口(レフト)
3 道岡(サード)
4 ダンカン(ファースト)
5 下山(センター)
6 上杉(キャッチャー)
7 ロイトン(セカンド)
8 五香(ピッチャー)
9 高橋(ショート)
なかなか名前を呼ばれないので、今日はスタメン落ちかと思った。
どうやら下位打線から上位打線へ繋がりを重視し、僕をラストバッターに置いたようだ。
きっとそうだ。
そうに違いない。
頼むね。今日は打たせてね。
僕はベンチに座り、バットを両手で握り、眼の前に掲げてそう語りかけた。
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