第343話 まさか、僕が…
首位京阪ジャガーズとの初戦。
苦しみながらも、ものにした札幌ホワイトベアーズは第二戦、第三戦も勝利した。
首位チーム相手のまさかの三タテである。
これで3位に浮上した。
このままクライマックスシリーズ出場したいところだ。
季節は7月に入り、シーズンも半ばとなった。
今日からはホームでの最下位の岡山ハイパーズ相手である。
連勝を伸ばして、Aクラスを盤石なものにして、オールスター休みを迎えたいものだ。
オールスター休みは、札幌の奥座敷の温泉街の宿を取っている。
ゆっくり休んで英気を養い、後半戦に備えるという参段だ。
岡山ハイパーズとの試合前、いつものように早出の練習をしようと球場のロッカールームに入ると、石山マネージャーが待ち構えていた。
「おう、高橋。
大平監督が呼んでいるぞ」
「え、監督が?」
何だろう。
全く思い当たる事はない。
子供が産まれてからは一切後ろめたい事はしていないし、二軍に落ちるほど、スランプにもなっていない。
ついこの間の試合だってマルチ安打を放ち、盗塁を決め、チームの勝ちに貢献した。
エラーだってしていない。
僕を二軍に落とすなら、他にも落とすべき選手はいるだろう。谷口とか、谷口とか、谷口とか。
「今度は何やったんだ」
ロッカールームにいた、谷口が嬉しそうに言った。
「うーん、俺は全く心当たりがない」
「二軍落ちか?、あ、トレードかも」
他人事だと思って、好き勝手言いやがって。
ていうか二軍に落ちるとしたら、お前のほうが先だろう。
そして、さすがに1年でトレードは無いだろう。
「あ、もしかして」
僕らの会話を黙って聞いていた、五香選手が声を上げた。
五香選手も最近は僕らと同じようにアーリーワークに参加している。
「何だ」
五香は谷口に耳打ちした。
「まさか」
「時期的にはありえるだろう」
「しかし、チームの恥を晒すことになるぜ」
「俺も同感だが、可能性は無いことも無いだろう」
「まあ、一応レギュラーを取っているしな。
ありえなくは無いが…」
「これこれ君たち。
何をコソコソと喋っているんだね。感じ悪いぞ」
僕はしびれを切らして、言った。
「おい、高橋。
大平監督が、呼んでいるって言っただろう。早く行け」
石山マネージャーのカミナリが落ちた。
「は、はい。ただいま参ります」
だって、谷口と五香が…。
僕は主人に用事を言いつけられた丁稚のように、そそくさとロッカールームを出た。
いそいそと監督室に行き、ノックした。
「はい」
「あの、高橋です。お呼びでしょうか」
「おう、入れ」
大平監督の声を受けて、部屋に入った。
十畳くらいの部屋で、デスクとパソコン、ロッカー、そして応接セットが置かれている。
「おう。まあ座れ」
「はい、失礼します」
「今度のオールスター休みは何か予定があるのか」
「はい、妻と子供と札幌近郊の温泉に行こうと計画しています」
「そうか、それは残念だったな」
「え?」
僕は胸騒ぎがした。
まさか…。また、トレード?
「今度のオールスター休みは、お前には熊本と大阪に行ってもらう」
「大阪と熊本ですか?」
どういうことだ?
まさか熊本ファイアーズにトレードになり、大阪で荷造りをしろということか。
だが泉州ブラックス時代に借りていたマンションは引き払っているので、実家においてある荷物くらいしかない。
「と、トレードですか?」
「ほう、なぜそう思った?」
「いえ、大阪と熊本へ行けということなので…」
そこで僕は思い至った。
そうか、そういうことか。
「わかりました」
「おう、わかったか?」
「大阪と熊本に旅行して、英気を養って、後半戦も頑張れということですね」
「おう、そのとおりだ。
良くわかったな」
へぇ、球団も良いところがあるじゃないか。
「あの、旅費は出してもらえるんでしょうか」
「もちろんだ。お前の分は球団持ちだ」
家族の分は出ないのか…。
「はぁー」
大平監督は大げさにため息をついた。
「まだわからないのか」
「え?、何がですか」
「普通の人間は大阪と熊本と聞けばピンとくると思うがな」
は、何のことだろう?
「オールスターだよ。
監督推薦で選ばれたんだ」
「はい?」
「俺も信じがたい。
京阪ジャガーズの村野監督は何をか考えているんだが…」
「あの…」
「何だ?」
「オールスターに選ばれたって、どういう事でしょうか?」
「その言葉どおりだ。
お前がオールスターに選ばれたんだよ」
「え、本当ですか」
何だろう。
驚いた。
全く頭にもなかった。
そして目から汗が出てきた。
まさか、自分が…。
ドラフト下位で入団した自分が…。
スターだらけのオールスターに選ばれるなんて…。
「良かったな。
今やお前はリーグ指折りの内野手に成長した。
私生活はともかくとして、プレーでは充分にオールスターに出る資格はあると思うぞ」
いえ、いえ、私生活も結婚してからは真面目一辺倒ですよ。
皆さん、僕の事を誤解しているようですが…。
「ということだ。何か爪痕残してこいよ」
「ありがとうございました」
僕は立ち上がり、大平監督に深く礼をして、監督室を退室した。
オールスター。
そんな憧れの場所に僕が行けるとは…。
監督室を出ると、ひしひしと喜びが込み上げてきた。
よし、爪痕残すぞ。
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