第342話 これで野球の面白さ

 8回表のマウンドにも車谷投手が立った。

 ダンカン選手にホームランを打たれたとはいえ、ここまでその1安打しか打たれておらず、フォアボールも出していない。

 投球数も70球であり、まだまだ余力はありそうだ。


 この回は5番の下山選手からの打順であったが、三者連続三振。

 3人目は先程ホームランのダンカン選手だったが、またしても車谷投手の変化球の前に凡退の舞を踊り、三球三振。

 さっきはよく打てたものだ。

 きっとまぐれだったのだろう。


 8回裏のマウンドは、ベテランの大東投手。

 ヒットこそ1本打たれたものの、無失点で切り抜けた。


 そし試合はいよいよ最終回、9回の攻防を残すだけになった。

 京阪ジャガーズのマウンドには車谷投手が上がった。

 1点は失ったとは言え、エースとしての矜持だろう。


 そしてその車谷投手の前に、札幌ホワイトベアーズ打線はなすすべもなく、三者凡退に終わった。

 1番に入った谷口は、今日は良い所がなかった。


 見てますか、首脳陣の方々。

 やっぱり一番打者は、僕が良いですよ。

 4回打席に立てば、1回は塁に出ますよ。

 明日からお願いしますね。


 僕は9回表が終わり、守備位置に向かいながら、ベンチの方にテレパシーを送った。


 札幌ホワイトベアーズの9回といえばお待ちかね、新藤劇場。

 今日もワンアウト満塁の大ピンチを背負った。

 一打サヨナラである。

 

 京阪ジャガーズファンのボルテージも最高潮に達している。

 ここまでのフラストレーションをここで払拭したいところだろう。


 何しろこの試合、圧倒的に京阪ジャガーズ優勢だった。

 特に前半は毎回のように得点圏にランナーがでて、あと一押しで点が入るという場面が何度もあった。

 しかしながら須藤投手が、脅威の粘りで5回を無失点で切り抜けた。

(バックの素晴らしいプレーがあったのも忘れないでね)


 そして札幌ホワイトベアーズは劣勢の中、6回からは継投でここまで虎の子の1点を守ってきたのだ。


 バッターは1番に帰って、中道選手。

 札幌ホワイトベアーズ内野陣は前進守備を敷いている。

 ダブルプレーで試合終了の場面ではあるが、中道選手は俊足であり、今シーズン一度も併殺打を打っていない。


 もし同点にされて、延長戦に入ると、札幌ホワイトベアーズは勝ちパターンの投手を全て使い切っているのに対し、京阪ジャガーズはまだ1人もピッチャーを使っていない。

 圧倒的に京阪ジャガーズ有利だろう。


 外野陣も前進守備を敷いている。

 シングルヒットで二塁ランナーを返さないという守備体型だ。


 初球。

 フォーク。

 中道選手は見逃してボール。


 2球目。

 またしてもフォーク。

 ホームベース手前でワンバウンドしたが、上杉捕手が何とか止めて、前に落とした。

 これでツーボール。


 3球目。

 外角へのストレート。

 素晴らしい球だったが、球審の手は上がらない。

 カウントはスリーボール、ノーストライク。

 

 たまらず上杉捕手はマウンドに行った。

 1対0と勝っているものの、9回裏ワンアウト満塁で、スリーボールノーストライク。

 絶体絶命のピンチだ。

 恐らく札幌ホワイトベアーズファンはドキドキしながら、この試合を見守っているだろう。


 そして4球目。

 ど真ん中へのストレート。

 中道選手は一球見た。

 恐らくベンチからも「待て」のサインが出ていたのだろう。


 5球目。

 スライダー。

 ボールゾーンからストライクゾーンに決まる素晴らしい球だった。

 これは中道選手も手がでない。

 フルカウントになった。


 そして運命の6球目。

 フォーク。

 中道選手のバットは空をきった。

 新藤投手は思わずガッツポーズをした。

 

 ストライクゾーンから、ボールゾーンに落ちるボールだった。

 押し出しのフォアボールが怖いこの場面で、フォークを投げきることができる。

 これが新藤投手が、新藤劇場と揶揄されながらも、抑えの切り札として君臨している所以だろう。


 とは言え、サヨナラのピンチは続く。

 続くバッターは2番の浅井選手。

 浅井選手は俊足であるが、長打力もあり勝負強い。

 この場面で迎えるには嫌なバッターである。


 そして初球。

 フォーク…が落ちなかった。

 快音を残した打球はレフトにライナーで飛んでいる。

 終わった…。


 そう思った瞬間、谷口が前向きにダイビングした。

 一瞬の静寂。

 そして歓声と悲鳴が球場内を包んだ。


 谷口は…、捕っていた。

 ダイビングしたグラブの先にボールは収まっていた。

 掛け値なしの超大ファインプレーだ。


 あの守備の下手だった谷口が、こんな場面で好守備を見せるとは。

 僕は感慨深いものを感じた。


 マウンド付近で勝利の歓喜の輪ができ、レフトから谷口が戻ってくると、ハイタッチした。

 1対0。

 わずかに1安打、ダンカン選手のホームランで勝利した。


 ヒットを多く打ったチームが勝つわけでない。

 押しているチームが勝つわけでもない。

 これが野球の面白さだろう。

 僕は今日の試合を通じて、改めてそんな事を思った。

 

 

 


 


 

 

 

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