第306話 チャンスメイクが僕の仕事

 4回裏の先頭バッターが1番の僕ということは、ここまで3人で攻撃が終わっていることを意味する。

 2回にフォアボールのランナーは1人出したが、ダブルプレーで終わった。

 つまりここまでノーヒットである。


 僕は打席に立って、仙台ブルーリーブスの守備位置を確認した。

 サードの深町選手がやや前に来ている。

 セーフティバントを警戒しているのだろう。


 初球。

 外角低めへのスライダー。

 遠く見えたが、判定はストライク。

 ホームベースをギリギリかすめたようだ。

 確かに良いピッチャーだ。

 昨年対戦時よりも進化している。


 2球目。

 内角低めへのツーシーム。

 ヒッティングに行ったが、ファール。

 さっきの打席と同じように追い込まれた。

 僕は一度、打席を外し素振りをした。


 3球目。

 外角低めへのスライダー。

 これはさすがに遠い。

 判定はボールで、ワンボール、ツーストライク。


 そして4球目。

 真ん中低めへのフォーク。

 見逃して、ボール。


 5球目。

 外角低めへのツーシーム。

 僕は咄嗟にバントをした。

 打球はサード方向に転がっている。

 ファールゾーンすれすれだ。

 サードが一塁に送球しても間に合わないと見て、打球の行方を見守っている。

 ファールになると考えているのだろう。

 ところが打球は勢いを無くし、フェアゾーン内で止まった。

 もちろん一塁は悠々セーフ。

 我ながら見事なバントヒットだ。


 このセーフティバントが成功した、最大の要因はスリーバントで相手の隙をついたことにつきるだろう。

 初球、2球目は明らかにサードの深町選手がセーフティバントに警戒していた。

 

 それがツーストライクと追い込まれた後、明らかに緩んだ。

 その隙をついたのだ。


 この試合、チームに取って初ヒットであり、初の先頭バッターの出塁である。

 数少ないであろうチャンスを、得点に繋げたいこところだ。


 2番は絶賛スランプ中の谷口。

 今日も無安打だったら、憂さ晴らしにたこ焼きを食べに行く約束をしている。嘘だけど。


 相手バッテリーは僕の盗塁を警戒している。

 確かにこの場面、盗塁、送りバント、ヒットエンドラン。

 様々な作戦が考えられる。


 僕は一塁ベース上から、谷口はバッターボックス手前からそれぞれベンチのサインを確認した。


 初球。

 谷口は初めからバントの構えをしている。

 オーソドックスな作戦であるが、バッターがスランプ中の谷口という事を考えると、ヒットエンドランのサインは出しづらい。


 牽制球を2球挟んで、谷口に投げた瞬間、僕はスタートを切った。

 バントエンドランだ。

 谷口がバントに行く。

 だが投球は外角低めへのスライダー。

 見事に空振りしてしまった。

 貴様…。


 僕は仕方なく、二塁に向かって懸命に走った。

 キャッチャーの秋保捕手の肩はプロとしては普通である。

 タイミングは微妙。

 僕の足にタッチされたのと、二塁ベースにタッチしたのは同時に感じた。

 判定は「セーフ」。

 仙台ブルーリーブスベンチは、リクエストした。

 まあ微妙なタイミングだったし、それはそうだろう。

 もっとも僕自身はセーフを確信していた。


 リプレー検証になったが、比較的すぐに審判団が出てきた。

 判定はもちろんセーフ。

 僕は谷口に向かって、寿司を握るポーズをした。

 谷口は全く反応しなかった。

 あの野郎…。


 ノーボールストライクワンからの2球目。

 谷口はまたしてもバントの構えをしている。

 今度は決めろよ。


 投球はまたしても外角低めへのスライダー。

 谷口は何とかバットに当てた。

 打球はピッチャー前に転がっている。

 ピッチャーはすぐに拾い上げ、サードを見た。

 だがランナーが球界を代表するスピードスター(作者注:くどいようですが、自称です)とあって、三塁への投球は諦めて一塁に送った。


 谷口はまるで役割をしっかりと果たしたような顔をして、ベンチに戻り、チームメートとハイタッチをしている。

 お前、わかっているんだろうな、ランナーが僕じゃなかったら三塁アウトになっていたぞ。

 初球のバント失敗といい、この送りバントといい、僕には感謝してもしきれないだろう。

 これは寿司と焼肉を両方奢ってもらわないと。


 ワンアウト三塁となり、バッターは道岡選手。

 またしても打点を稼ぐ大チャンスだ。

 そしてこういう場面で道岡選手は三振はしない。

 キッチリとライトフライを打ち、僕はホームインした。

 これで1点を先制した。

 先発の青村投手の出来を考えると、仙台ブルーリーブスにとって、重い1点になるだろう。

 

 

 

 


 

 

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