第300話 リプレー検証の結果は?

 江里口投手との前回対戦は、フォアボールを選んだ。(226話)

 左投手であり、僕としては苦手なタイプではない。


 初球。

 真ん中付近へのスプリット。

 セーフティバントが頭を掠めたが、あえて見送った。

 判定はボール。

 投球と同時にサードが猛チャージしてきていたので、もしセーフティバントをしていたら、間違いなくアウトになっていた。


 2球目。

 外角低めへのツーシーム。

 つい手がでてしまった。

 勢いの無い打球がサードに転がっている。

 僕は必死に一塁に走った。

 サードの伊集院選手からの送球をファーストのエバーランド選手が捕球すると同時に一塁ベースを駆け抜けた。

 どうだ。

 判定は?

 

「アウト」

 そうか、またダメか。

 ベンチに戻ろうとすると、大平監督がベンチから出てきて、リプレー検証をリクエストした。


 審判団がバックスペースに引き上げ、映像を確認に行った。

 僕は一塁ベース付近で、バックスクリーンのモニターを見た。

 うーん、微妙だ。

 だが心なしか熊本ファイアーズのファンの歓声が小さい気がする。

 これはもしかすると、もしかするかも…。


 なかなか審判が出てこない。

 様々な角度から映像が流れている。

 そして上からの映像が流れた時、「あーあ」という声が球場内を包んだ。

 というのも、僕の足の方が送球よりも、明らかに一塁ベースに早く着いているように見えるのだ。

 そして審判団が出てきた。

 どうだ。

 

「セーフ」

 球審が両手を横に広げた。

 

 良かった。

 本当に良かった。

 14打数振り(18打席振り)にヒットの青ランプが灯った。

 ボテボテのゴロであり、決して会心の当たりでは無かった。

 でもヒットはヒット。

 しかもノーアウトのランナーだ。

 チームにとっても、勝ち越しの大チャンスだ。


 足にスランプがあるか無いかについては、プロ野球選手の中でもいろんな意見がある。

 僕はどちらかというと、足にもスランプが「ある」派である。

 盗塁するのに一番大事なのは、思い切りだと僕は思っている。

 いかに失敗を恐れずにスタートを切れるか。

 

 スランプの時はどうしても失敗した時の事が頭を掠めてしまう。

 だから一歩目が好調時よりも遅れてしまうのだ。

 次のバッターは2番の谷口だ。

 僕は一塁ベース上で、ベンチのサインを見た。

 ここは送りバントか?


 しかしサインは「盗塁」だった…。

 しかも初球から…。

 思い切りの良さが求められる。


 僕は一度、宙を見上げた。

 やってやろうでは無いか。

 どうせ、アウトになってもベンチのサインだ。

 僕のせいじゃないもーん。

 もうそのように開き直るしかない。

 覚悟を決めた。


 谷口への初球。

 投げる前に牽制球が立て続けに3球来た。

 かなり警戒されている。

 そりゃそうだ。

 何しろ一塁ランナーは球界を代表するスピードスター(作者注:自称)だ。

 警戒をするなという方が無理だろう。


 江里口投手は左投手なので、いつも一塁側を見て来る。

 やりづらい…。

 ようやく初球を投げた。

 そして僕はスタートを切った。

 

 少しスタートが遅れてしまった。

 しかも盗塁を予想していたのか、大隅捕手は立ち上がっている。

 だが谷口はバットをあえて大きく振った。

 僕は夢中で二塁に向かって走った。

 送球が来た。

 ショート側に少し流れている。

 チャンスだ。


 足から滑り込んだ。

 送球を捕球した、ショートの麻生選手がタッチに来た。

 どうだ。

 タイミングは微妙だ。

 僕は固唾をのんで、二塁塁審を見上げた。

 

「アウト」

 あーあ。

 ダメだったか…。

 しかしまたしても大平監督が出てきた。

 このイニング、2回目のリクエストだ。


 またしてもオーロラビジョンに映像が流れた。

 そして熊本ファイアーズのファンから、歓声が上がった。

 うーん、今度は厳しいか。

 映像で見ても良くわからない。


 ほぼ同時にも見えるが…。

 何しろリプレー検証しても、決定的な映像がない限り、判定は覆らない。

 なかなか審判団が出てこない。

 うーん、少しだけ期待できるかも。


 するとようやく審判団が出てきた。

 どうだ。判定は?

 

「セーフ」

 僕は二塁ベース上で大きく息を吐き出した。

 やったー。

 これでスランプも脱出なるかも。

 後は頼むぞ、谷口。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 


 

 

 

 

 

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