第277話 7度目の契約更改

「やあ、今シーズンはお疲れ様でした」

 応接室に入ると、球団本部長の北野さんと、職員の美園さんが出迎えてくれた。

 

「どうですか、少しはチームに慣れましたか?」

「はい、まだ戸惑うことも多いですが、大分慣れたと思います」

「そうですか。

 我々としても、期待どおりの活躍をしてくれて嬉しいです。

 先日、泉州ブラックスの 小岩代表にお会いする機会があったのですが、白石投手も活躍しているし、お互いWin-Winのトレードたったね、とお話しました」


 白石投手は移籍後、4連勝するなど、チームのクライマックスシリーズ進出(2位)に大きく貢献していた。

 

「そう言って頂けると、僕としてもうれしいです」

「そう言えばお子さんも産まれたそうですね。

 おめでとうございます」

 というような話を10分くらいした後、いよいよ来シーズンの契約更改の話になった。

 

「今シーズンの活躍を踏まえて、来季はこの金額で契約したいと考えています。

 どうぞ、ご確認下さい」

 昔、ミルク代分だけでも上げてと、子供が生まれたことを交渉材料にした選手がいたそうだ。

 僕はドキドキしながら、統一契約書の金額欄を見た。


 3,700万円と書かれていた。

 正直言って、予想を遥かに上回る金額だ。

 今季が2,500万円だったので、3,000万円は超えると思っていたが、3,300万円くらいなら、喜んで判子を押そうと考えていた。


「はい、ありがとうございます」

 喜んで判子を押そうとしたら、北野本部長と美園さんが顔を見合わせた。

「ちょっと待った。ミルク代分を上げてくれって、言わないのかい?」

「は、はぁ」

 僕はキョトンとして気のない返事をした。

 

「僕らとしては、交渉で粘られたら、後50万円アップしようと思っていたんだよ。

 3,750万円なら、今季の年俸から、ちょうど50%アップとなるだろう」

「あっ、そうですね。じゃあ、ミルク代下さい」

 

 美園さんは笑いながら、もう1枚統一契約書を取り出した。

 そこには3,750万円と書かれていた。

 僕はすぐに判子を押した。


「来季も期待してますからね。良いオフを過ごして下さい」

 そのように声をかけてもらって、退室した。

 

 広報の新川さんが部屋の前で待っており、会見場に案内された。

 そうだった。

 一軍クラスになると、契約更改時はちょっとしたニュースになるのだ。

 

 記者会見場に入ると、10人以上の記者の方とカメラマンがいた。

 テレビカメラも5台くらい来てきた。

 僕も大物選手となったものだ。


「今シーズンの活躍を考えると、アップだとは思いますが、どれくらい上がりましたか?」

「はい、子供のミルク代くらい上がりました」 

「えーと、つまり思ったよりは上がらなかったのですね」

「いえ、予想以上に上がりました」

 

「それは何%くらいですか?」

「はい、50%くらい上がりました」

「と言うことは、1,000万円以上のアップということですよね。

 それがミルク代ということは…、牛でも買うんですか?」

 

 間違えた。

 追加で上がった50万円分をミルク代と言うべきところ、アップ分全てをミルク代と言ってしまった。

 確かに1,000万円のミルクって何だ。

 一生かかってもそんなに飲めない。


「今季はトレードで移籍という、激動の年になりました。

 特に移籍後はレギュラーに定着されましたが、来季の目標は何ですか」

「はい、規定打席到達です」

 

「具体的な数字の目標はありますか?」

「はい、全試合出場と打率3割を目指したいです」

 

「ところで谷口選手と再びチームメートになったご感想は?」

「はい?」

 この記者は何を言っているのだ?

 

「えーと、先程開かれた現役ドラフトで、谷口選手が札幌ホワイトベアーズから指名されましたが、ご存知ないですか?」

「えっ、本当ですか?」

 本当に驚いた。

 今日、現役ドラフトがあると聞いていたが…。

 

「はい、札幌ホワイトベアーズが1番最初の指名権を取り、いの一番に谷口選手を指名されました」

 マジか。

 本当ならとても嬉しいが…。

 


 

 

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