第276話 理想の一番打者像
春季キャンプは、シーズン前の調整的な意味合いが強いが、秋季キャンプは育成や技術強化を目的とするメニューが多い。
僕の課題はやはり体力アップだろう。
来季は全試合出場、そして規定打席到達を目標としており、そのためには好不調の波を小さくすること、フル出場しても息切れしない体力をつけることが課題だと思っている。
後はもう少しパワーをつけて長打を増やしたいが、一方で僕の売りは俊敏さでもあるので、その兼ね合いが難しい。
打撃コーチからはスイングスピードを速くすることを推奨されている。
僕の場合は鋭いライナー性の打球を増やすことが、長打を増やす事に繋がるそうだ。
1番打者の役割はチャンスメークなので、まずは塁に出ることが重要だが、それがツーベースやスリーベースならなお良い。
スイングスピードは、一朝一夕では上がらない。
筋トレ、素振り、トスバッティング。
野球の技術は野球の練習でしか向上しないという格言があり、地道な練習の積み重ねがあって、初めて成長がある。
僕はそれをプロ野球選手生活で実感している。
こういう格言もある。
良く練習する選手が必ずしも成功を納めているわけではないが、成功している選手はすべからく良く練習をしている。
もっとも谷口は誰よりも良く練習するが、なかなか結果に結びついていない。
だが僕はいつか谷口の努力が実を結ぶことを信じている。
秋季キャンプでは、我ながら参加メンバーの中で、1番練習したと思う。
とりわけバッティングについては、打撃コーチの麻生さんが、ほほつきっきりで指導してくれたので、それに応えるためにも、誰よりも早く来て、誰よりも最後まで練習した。
何しろ秋季キャンプは、2週間くらいしかない。
だから急激に技術が上がることはないかもしれないけど、そこで精一杯やったことが、後々の自信になる。
朝晩、結衣が子供の画像や動画を送ってくれ、それが活力になった。
正直、まだ父親になった実感はあまり無い。
だが自覚はある。
愛する家族のためにも、来季は更に数字を上げ、年俸も上げたい。
産まれてきた子供のためにもお金を貯めておかないと。
秋季キャンプが終わると、束の間のシーズンオフになる。
年末には恒例行事(忘年会や忘年会)が幾つか控えているが、自主練習は継続する。
一方でシーズン通じて溜まった疲れを取ることも重要だ。
今年は子供が産まれたばかりなので、旅行に行かず、自宅マンションでゆっくりする。
そしてこの時期は契約更改の時期でもある。
入団して数年は、2軍の寮で出された書類に判子を押すだけであったが、今は一応中堅選手の1人になっているので、札幌の事務所で単独の交渉となる。
久しぶりに新千歳空港に降り立つと、辺りは一面の銀世界であった。
写真では見たことがあったが、本当に至るところに雪が積もっている。
大阪に住んでいると、雪は滅多に見ないし、ましてやこんなに積もっているのを見たのは初めてである。
空港の外に出てみると、ものすごく寒い。
晴れているので、暖かいのかと思いきや、刺すような冷たさが体を包んだ。
体中がガタガタと震えた。
気温計を見ると、マイナス8度。
マイナス?
完全に北海道を舐めていた。
コートも薄手のものだった。
周りを見ると、皆厚手のコートやダッフルコートに首にはマフラーだとか、暖かそうな格好をしている。
僕は慌ててタクシーに乗り込んだ。
新千歳空港から1時間くらいで、球団事務所に着いた。
球団事務所も当然ながら、雪に覆われており、車窓から見た球場(どさんこドーム)も雪に囲まれていた。
もっとも屋根は雪が積もらない構造になっているようで、いつもの姿のままだった。
球団事務所に入ると、10人くらい、マスコミの方が待ち構えていた。
女性職員に案内され、応接室に通された。
ここに来るのも、入団会見の時以来だ。
よし、ここからは銭闘だ。
結衣からはなるべく粘って、少しでも年俸を上げてもらえるようにハッパをかけられている。
僕は気合を入れて、応接室に入った。
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