第256話 ある夏の日

 今日もナイターで四国アイランズ戦がある。

 昨日の試合は2打席しか回ってこなかったので、消化不良であった。

 よって、早出特打をしようと考え、普段のナイターの日よりも2時間早く自宅を出た。

 今日は結衣は仕事が休みであり、看護学校時代の友人に会いに神戸へ行った。

 夜はその友達と観戦に来る。


 自宅マンションを出ると、真夏の太陽が目に入った。

 とても眩しい。

 今年は梅雨が長く、先週になってようやく梅雨明け宣言が出された。

 僕は手を額にかざし、青く透き通った空を見上げた。

 今日も暑くなりそうだ。

 

 もっとも僕は暑いのは嫌いじゃない。

 高校時代は暑い中でも長時間の練習があったし、夏の甲子園も真夏に行われる。


 球場に向かう時は、私服に一応サングラスをかける。

 正直、僕くらいの背丈の人は多くいるので、僕は三田村や平井みたいにいかにもカタギの人ではない、というような外観はしていない。

 それでもそこそこ面は割れているようで、素顔で地下鉄に乗っていると、ほとんどの場合、気づかれて、ファンに囲まれてしまう。

 囲まれるのが若い女性だけなら良いが…(以下、自己規制)。

  

 球場には十二時前に球場に着いた。

 そしてロッカールームに入ろうとした時、携帯電話がなった。

 着信を見ると、泉州ブラックスの高砂マネージャーだった。

 珍しい。何だろう。

 

「はい、もしもし高橋です」

「ああ高橋選手ですか。今、どこにいますか?」

「今ですか?、ちょうど球場に着いてロッカールームに入ったところですけど」

「ああ、それはちょうど良かった。今、そっちに向かいます」

 何だろう。

 何かしただろうか?

 心当たりはあまり無い。


 5分もしないで、高砂マネージャーがロッカールームにやってきた。

 ひどく慌てている。

 やはり僕は何かしただろうか?

 最近はゴミはちゃんとゴミ箱に捨てているし、信号もできるだけ守っている。

 思い当たる節はない。


「高橋選手、ちょっと球団事務所に来てください」

「はあ」

 僕は高砂マネージャーの後に続いて、球場に隣接した泉州ブラックスの事務所に向かった。

 

「僕、何かしましたか?」と聞いたが、理由は事務所に着いてから話すと言われた。

 やはりただ事では無いようだ。一体何だ?

 もしかしてアレがバレたか?

 それともアレのことか?

 思い当たる節はなくもない。

 

 球団事務所に着いた。

 球団事務所は泉州ブラックススタジアムと目と鼻の先ではあるが、シーズン中に立ち入ることは少ない。

 シーズンオフは契約更改や諸手続き、グッズへのサイン等で度々訪れるが。


 高砂マネージャーは球団代表室の前で足を止め、ドアをノックした。

「高橋隆介選手をお連れしました」

「どうぞ、お入り下さい」

 中から声がして、ドアが開いた。


 高砂マネージャーに促されるまま、部屋に入ると、7、8人は充分に座れるような応接セットがあり、そこの入口に一番近い一人がけの席に球団代表の小岩さんがいて、その向かいの窓際の席には朝比奈監督がいた。

 小岩さんは中肉中背で高級そうなスーツを着ており、朝比奈監督はゴルフにでも行くようなポロシャツ、短パンの出で立ちにブルーの色付きのサングラスをしていた。

 何だ何だ?


 「どうぞ、お座りください」

 僕が戸惑っていると、小岩代表に席を勧められた。

 小岩代表と朝比奈監督の間の三人掛けのソファーの真ん中に僕は座った。

 高砂マネージャーは退室した。

 

「急にお呼びだてして、申し訳なかったですね」

 小岩代表が口を開いた。

「いえ」

 僕はなぜここに呼ばれたのか、そしてなぜ朝比奈監督がここにいるのか分からずに戸惑っており、また緊張していた。


「単刀直入に言います。トレードが決まりました」

「はい?」

 その瞬間、僕は目の前が暗くなり、自分の意識が遠のいていくように感じた。

 まるで魂だけが抜け出して、この応接室にいる小岩代表と朝比奈監督、そして僕を見下ろしているような感覚を覚えた。

 

「ど、どういうことでしょうか」

 僕は驚きを隠せないまま、小岩代表、そして朝比奈監督を交互に見た。

 

 

 

 

 


  

 


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る