第241話 当たりが良くなくてもヒットはヒット
ここで打たなければ、もうチャンスはないかもしれない。
平井もそれがわかっているのだろう。
泉州ブラックスのマウンドは丸山投手。
空振りとファールで簡単にツーストライクを取られたが、それからファールで粘っている。
そしてツーボール、ツーストライクからの7球目。
低めへのチェンジアップを捉えた打球はフラフラとセンターに上がった。
センターの岸選手が前進し、僕も追いかけたが、打球は僕とセンターの岸選手のちょうど真ん中に落ちた。
僕もプロとして決して手を抜いたわけではない。
恐らく平井がバットを振り切った分、予想よりも打球が伸び、良いところに落ちた。
平井は一塁ベース上で、安堵したような表情をしていた。
当たりは良くなくてもヒットはヒット。
平井にとって、移籍後初ヒットであり、今シーズンの初ヒットでもある。
もし接戦であれば、代走を送られたかもしれないが、6対1と点差があるのでそのままランナーとなった。
もしかすると9回にもう一打席、平井に回ってくるかもしれない。
仮にそこでヒットを打てれば4打数2安打となり、大きなアピールになるだろう。
この回は次のバッターのファーストゴロの間に二塁に進んだが、後続が凡退した。
この回の新潟コンドルズは1番バッターまで回ったから、9回裏に平井にもう一打席回る。
8回表、泉州ブラックスは更に2点を追加し、ワンアウト一、三塁の場面で僕の打席を迎えた。
途中出場なので、今日の試合は初打席である。
僕はツーボール、ワンストライクからの4球目をライト前にライナーで落とした。
これでこの回3点目。
点差は9対1になった。
試合はそのまま9回裏となり、ツーアウトから平井の打席を迎えた。
泉州ブラックスのマウンドは、この回から秦野投手が上がっている。
昨日一軍に上がってきたばかりで、今シーズン初登板だ。
点差は開いているが、バッターの平井も投げる秦野投手も一軍当落線上であり、どちらにとっても大事な場面だろう。
何とか結果を残そうと必死であろう。
秦野投手はストレートは140km/h台とそれほど速くないものの、同じフォームから110km/h台のチェンジアップと90km/h台のカーブを投げ分ける。
その緩急差で打者を打ち取るスタイルである。
そしてワンボール、ワンストライクからの3球目。
チェンジアップが甘く真ん中高目に入った。
平井はこれを逃さず振り抜いた。
良い角度で打球はセンターに飛んでいる。
センターの岸選手がまっすぐに追っている。
正直な事を言う。
僕は心の中で「取るな」と願ってしまった。
点差も開いているし、仮にヒットになっても大勢に影響は無いだろう。
岸選手はそのままフェンスに張り付き、ジャンプした。
そして打球は岸選手のグラブの先に収まった。
これは俊足の岸選手でなければ、取れなかっただろう。
守備位置から最短距離で打球を追いかけ、外野フェンスギリギリでキャッチした。
大ファインプレーだ。
秦野投手は両手を挙げて、岸選手に向けて拍手している。
そして平井は天を仰ぎ、ベンチに戻っていった。
一伸び足りなかった。
恐らく僅かにバットの先だったのだろう。
あそこまで打球を持っていったのは、間違いなく平井のパワーだ。
だがほんの僅かに伸びが足りなかった。
そしてセンターが俊足の岸選手というのも不運だった。
これでゲームセット。
試合は泉州ブラックスの快勝で終わった。
明日も出られると良いな。
引き上げていく平井の後ろ姿を見ながら、そう思った。
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